花散る容子《ようす》を御参《ござん》なれやと大吉が例の額に睨《にら》んで疾《とう》から吹っ込ませたる浅草市羽子板ねだらせたを胸三寸の道具に数え、戻《もど》り路《じ》は角《かど》の歌川《うたがわ》へ軾《かじ》を着けさせ俊雄が受けたる酒盃《さかずき》を小春に注《つ》がせてお睦《むつ》まじいと※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《おくび》より易《やす》い世辞この手とこの手とこう合わせて相生《あいおい》の松ソレと突きやったる出雲殿《いずもどの》の代理心得、間、髪を容《い》れざる働きに俊雄君閣下初めて天に昇るを得て小春がその歳暮《くれ》裾曳《すそひ》く弘《ひろ》め、用度をここに仰ぎたてまつれば上げ下げならぬ大吉が二挺三味線《にちょうざみせん》つれてその節《おり》優遇の意を昭《あき》らかにせられたり
 おしゅんは伝兵衛おさんは茂兵衛小春は俊雄と相場が極《き》まれば望みのごとく浮名は広まり逢《あ》うだけが命の四畳半に差向いの置炬燵《おきごたつ》トント逆上《のぼせ》まするとからかわれてそのころは嬉《うれ》しくたまたまかけちがえば互いの名を右や左や灰へ曲書《きょくが》き一里を千里と帰ったあくる夜千里を一里とまた出て来て顔合わせればそれで気が済む雛《ひな》さま事罪のない遊びと歌川の内儀からが評判したりしがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸《あくび》防ぎにお前と一番の仲よしはと俊雄が出した即題をわたしより歳一つ上のお夏呼んでやってと小春の口から説き勧めた答案が後日の崇《たた》り今し方明いて参りましたと着更《きが》えのままなる華美姿《はですがた》名は実の賓《ひん》のお夏が涼しい眼元に俊雄はちくと気を留めしも小春ある手前格別の意味もなかりしにふとその後俊雄の耳へ小春は野々宮大尽最愛の持物と聞えしよりさては小春も尾のある狐《きつね》欺《だま》されたかと疑ぐるについぞこれまで覚えのない口舌法《くぜつほう》を実施し今あらためてお夏が好いたらしく土地を離れて恋風の福よしからお名ざしなればと口をかけさせオヤと言わせる座敷の数も三日と続けばお夏はサルもの捨てた客でもあるまいと湯漬《ゆづ》けかッこむよりも早い札附き、男ひとりが女の道でござりまするか、もちろん、それでわたしも決めました、決めたとは誰を、誰でもない山村の若旦那俊雄さまとあにそれこうでもなかろうなれど機を見て投ずる商い上手俊雄は番頭丈八が
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