書授与式以来の胸|躍《おど》らせもしも伽羅《きゃら》の香の間から扇を挙げて麾《さしまね》かるることもあらば返すに駒《こま》なきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台《しょくだい》を遠退《とおの》けて顔を見られぬが一の手と逆茂木《さかもぎ》製造のほどもなくさらさらと衣《きぬ》の音、それ来たと俊雄はまた顫えて天にも地にも頼みとするは後なる床柱これへ凭《もた》れて腕組みするを海山越えてこの土地ばかりへも二度の引眉毛《ひきまゆげ》またかと言わるる大吉の目に入りおふさぎでござりまするのとやにわに打ちこまれて俊雄は縮み上り誠恐誠惶《せいきょうせいこう》詞《ことば》なきを同伴《つれ》の男が助け上げ今日|観《み》た芝居|咄《ばなし》を座興とするに俊雄も少々の応答《うけこた》えが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色《けしき》なければ大吉が三十年来これを商標と磨《みが》いたる額の瓶《びん》のごとく輝《ひか》るを気にしながら栄《は》えぬものは浮世の義理と辛防《しんぼう》したるがわが前に余念なき小春が歳《とし》十六ばかり色ぽッてりと白き丸顔の愛敬《あいきょう》溢《こぼ》るるを何の気もなく瞻《なが》めいたるにまたもや大吉に認《みつ》けられお前にはあなたのような方《かた》がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎《せん》じ詰めれば女あっての後《のち》なりこれを聞いてアラ姉《ねえ》さんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔|赧《あか》らめ男らしくなき薄紅葉《うすもみじ》とかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着たる糸織りの襟《えり》を内々直したる初心さ小春俊雄は語呂《ごろ》が悪い蜆川《しじみがわ》の御厄介《ごやっかい》にはならぬことだと同伴《つれ》の男が頓着《とんじゃく》なく混ぜ返すほどなお逡巡《しりご》みしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄|今宵《こよい》が色酒《いろざけ》の浸初《しみはじ》め鳳雛麟児《ほうすうりんじ》は母の胎内を出《い》でし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける
試みに馬から落ちて落馬したの口調にならわば二つ寝て二ツ起きた二日の後俊雄は割前の金届けんと同伴《つれ》の方《かた》へ出向きたるにこれは頂かぬそれでは困ると世間のミエが推《お》っつやっつのあげくしからば今|一夕《
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