りが紺飛白《こんがすり》木綿の上を箭《や》の如《よう》に、シュッシュッと巧みに飛交《とびこ》うている。
まだこの道は壺坂寺から遠くも来《こ》なんだ、それに壺坂寺の深い印象は私に、あのお里《さと》というローマンチックな女は、こんな機《はた》を織る女では無かったろうか、大和路の壺坂寺の附近《ちかく》で昔の夢の女――お里に私は邂逅《めぐりあ》ったような感じがした。
不思議のローマンチックに自分は蘇生《よみがえ》って、復《また》も真昼の暖かい路《みち》を曲りまがって往《い》く……、しかし一ぺん囚《とら》われた幻影から、ドウしても私は離れることは能《で》きない、折角《せっかく》覚めるとすればまた何物かに悩まされる。つまり、晩春四月の大和路の濃い色彩に、狂乱し易い私の頭脳《あたま》が弄《なぶ》られていたのであった。
円《まる》いなだらかな小山のような所を下《おり》ると、幾万とも数知れぬ蓮華草《れんげそう》が紅《あこ》う燃えて咲揃《さきそろ》う、これにまた目覚めながら畷《なわて》を拾うと、そこは稍《やや》広い街道に成《な》っていた。
ふと向うの方を見ると、人数は僅少《わずか》だけれど行列が来るようだ。だんだん人影が近づいたがこれは田舎の婚礼であった、黒いのは一箇の両掛《りょうがけ》で、浅黄《あさぎ》模様の被布《おおい》をした長櫃《ながもち》が後《あと》に一箇、孰《ど》れも人夫《にんぷ》が担《かつ》いで、八九人の中に怪しい紋附羽織《もんつきばおり》の人が皆黙って送って行く――むろん本尊の花嫁御寮《はなよめごりょう》はその真中《まんなか》にしかも人力車《じんりき》に乗って御座《ござ》る――が恰《ちょう》ど自分の眼の前に来かかった。
黄《き》な菜の花や、紅い蓮華草《れんげそう》が綺麗に咲いている大和路の旅の途中、田舎の芽出度《めでた》い嫁入《よめいり》に逢うのは嬉しいが、またかかる見渡す一二里も村も家もない処《ところ》で不思議でもある、私は立佇《たちどま》って遠慮もなく美しい花嫁子《はなよめご》の顔を視入《みい》った。
色彩に亢奮《こうふん》していた私の神経の所為《せい》か、花嫁は白粉《おしろい》を厚く塗って太《はなは》だ麗《うつく》しいけれど、細い切れた様な眼がキット釣上《つりあが》っている、それがまるで孤の面《つら》に似ている。ぬばたまの夜の黒髪に挿《さ》すヒラヒラする
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