激甚の毒土を除去する其三なり。沿岸無量の天産を復活する其四なり。多数町村の頽廃せるものを恢復する其五なり。加毒の鉱業を止め毒水毒屑の流出を根絶する其六なり。如此にして数十万生霊の死命を救ひ、居住相続の基を回復し、其人口の減耗を防遏し、且つ我日本帝国憲法及び法律を正当に実行して各其権利を保持せしめ、更に将来国家の基礎たる無量の勢力及び富財の損失を断絶するを得べけん也。若し然らずして長く毒水の横流に任せば、臣は恐る、其禍の及ぶ所将に測るべからざるものあらんことを」
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これが直訴の要領だ。けれど、文章の上に翁の意を満たさない箇所がある。そこで筆を執つて添削を始めた。鉱毒地は広い。被害民は多い。害毒の激烈な処もあれば、稀薄な処もある。黄茅白葦満目惨憺の荒野となれる処もあれば、それ程にまでならぬ処もある。直訴と言ふ以上、その区別を明かにせねばならぬ。
『嘘をついちや、いけねエ』
かう言つて、翁は顔を振つた。
文章の添削が未だ容易に済まぬ所へ、予ねて頼んで置いた官舎の給仕が、ドアを明けて、御還幸を告げて呉れたので、未完成のまゝに携へて直ぐに駈け出したのださうである。
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