に通商局長であつた原敬が、政府委員として演壇に進み、「二十数名」と手軽く答弁して席に返らうとした。質問者もこの答弁に満足したと見えて、黙つて居たが、『議長々々』と連呼して田中正造が議席に立つた。『二十数名とは何事だ。二十数名とは何事だ』――彼は政府委員が人命を軽蔑する傲慢の態度を罵倒して、正確な遭難者の報告を要求した。原は真赤な顔して堪へて居たが、理の当然に余儀なく失言を謝し、改めて調査答弁するを約して退席した。その原が今内務大臣の椅子に坐して、僅に眉を動かせば、一県の知事が、白昼公然、この法律蹂躙の醜態を演じて恥辱ともしない。
 さて谷中の堤内には、遂に十六戸の農民が居残つた。政府は暴力を以てこの家屋を破壊することになつた。これが今も世に伝唱される「谷中村の破壊」と云ふのだ。この前後に於ける田中翁の心――蒼き淵の如き深さ、絹糸の如き細密さ、その壮厳さ、その痛ましさ、これは到底僕のやうな粗末な筆に描くことは出来ない。
 県庁からは、警察部長が警部巡査人夫の一大隊を引率して乗り込んで来た。僕は一切を略して、その戸主の名とその破壊の日取とをのみ記してこの記事を終る。
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