輪と云ふ所へ赴任したが、こゝで図らず同僚殺人の嫌疑を受けて、四ヶ年に亙る惨酷な牢獄生活を嘗めた。
君よ。たとひ明治時代とはいへ、法律は尚ほ拷問取調の時代であつたことを念頭に置いて呉れ。翁の自筆の文章から、当時拷問の実状を話して見たい。
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「――予は再び口を開き、弾正台は今尚ほ隣県山形にあり。(当時弾正台と云ふ巡廻裁判があつたのだ)今一たび此の審問を受けたし、何卒片時も早く御計らひ下されたしと願ひたるに、聴訟吏は何思ひけん。忽ち赫と怒り、せき込み、直に拷問に掛けたり。疑の点を糺すにはあらで、無法にも拷問の器械をば用ひたり。其は算盤責めと云うて、木を以て製し、仰向に歯を並べたる上に、膝をまくりて坐せしめ、膝の上に重量五貫目の角石を三つ積み重ね、側より獄吏手を以て之を揺り動かす。脛はミリミリ破る。予は大喝『何故拷尋の必要ある』と。石は取り除けられぬ。痛みは反動して、脛を持ち去らるゝが如し。漸く獄吏に引立てられて獄に帰り、案外なる無法の処置に呆れたり。」
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始め、花輪支庁から足にはカセを打たれ、高手小手に縛められ、五十里の山路を四日、牢籠に封じ
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