老院へ出頭した。次の文章は当時の若い志士の手に成つたもので、今日の君等には如何《いか》にも幼児の戯《たはむ》れに見えようが、この稚気《ちき》の中に当年智者の単純な理想を汲み取つて読んで呉れ。
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「伏て惟《おもんみ》るに、陛下恭倹の徳あり、加ふるに聡明叡智の才を以てす。夙に興き夜に寝ね、未だ曾て一月も懈《おこた》らず、天を敬し民を撫するの意、天下に孚《ふ》あり、而して其効験の未だ大に赫著せざるものは何ぞや。患、憲法を立て国会を開かざるに在る也、夫れ国会を開くは、上下の一致を謀るに在り。上下|苟《いやしく》も一致せば、則ち其の患ふる所のものは忽にして消し、其害を為すものは忽にして除き昨日の憂患は乃ち今日の喜楽となり、昨年の窮乏は乃ち今日の富饒と為る也。是故に国会を開く、詢《まこと》に陛下の叡旨の在る所にして亦人民の切に企望する所也」
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この翌年、「明治二十三年国会開設」の予約が成り、二十二年の二月十一日、愈々《いよ/\》憲法発布。田中は時の県会議長として、この前古未曾有の大典に参列した。この日は稀有な大雪であつた。この栃木の大野人が始めて燕尾服
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