ぐに本会議に移さる。
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君は、この無味乾燥の記事の中に、政党腐敗、議会堕落の実相を、映画の如くに見たであらう。「歳費増加案」たゞ見れば何の奇もなき歳費増加案も、実は深甚の意義を含んで居る。
進歩党は反対せねばならぬ。然れども誰を代表者に立てて反対の意思を表明するか。智者弁者多士済々たる進歩党、真に堂々と反対の意思を表明し得るものは誰であるか。党の総務等は一々に物色した。而して一個の人物を得た。田中正造だ。常は厄介物の田中正造だ。かくて彼は進歩党を代表して演壇に立つた。
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『皆様、私はこの議院法中改正法律案即ち議員の歳費増加案に反対致します。私は諸君も御心配下されます通り鉱毒問題の為に忙殺されて居りまして、この一般の予算その他、法律等の問題に就きましては、殆ど全く闇黒であります。鉱毒問題の外は、何も判らなくなつて居るのであります。近来は議場に於ても殆ど死したる者の如くなつて居るのであります。今日、この歳費を増加すると云ふ原案につきましては、どう致しましても一言述べなければならない場合に至りましたのでございます。
第一、歳費を増加すると云ふ理由書は如何です。
理由書に「現行議員の歳費を以て、その資格を保つの資に供するに足らず」とある。何でございますか。金がないから議員の品位を保つに足らないと言ふのでございます。一体、金の多い少ないを以て議員を左右すると云ふが如き文章を書くが、議員を侮辱して居るのである。申さば、これは侮辱である。この文章を以て穏当なるものと御解しになる御方は、金で無ければ世の中の事は駄目だと見る人である。この如き御方はイザ知らず、苟も議員の品位と云ふものは金が少ないから資格を保つに足りないと言はれて、これを恥としない者は無からうと思ひます。これは侮辱です。――
議員の歳費と云ふものは、たゞ普通の経済を以て論ずるわけにはゆかぬ。慾得上の問題では無い、精神上の問題になつて来る。議員は自ら国家の歳計を増減するの大権利を持つて居る以上、自分が取る歳費、これは取つて宜いのでも、万々取つて宜いのでも、自らこれを慎まなければならぬ。若し国家が富んで租税が減ずる。国民挙つて議員の歳費を高くしてやつても宜いではないかと、国民の声が立つて来ても、議員たるものは、容易に自ら増加することは出来ない。それが議員の品位である。議員
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