依然として自ら韜晦し漫に無責任の呼号を事とするの陋に出でんか、足下平生の主張は矯飾自ら衒ふものにして従来記する所は悉く確信拠守する所なき妄誣に過ぎざるを表白するものなるべし。
明治三十三年十一月十六日[#地から2字上げ]星亨
先生の返書。
星亨足下
昨十六日附足下の名を以て予に寄せたる書面、或は足下の配下が足下の名を騙て予に寄せたるものに非るかを疑ひ一応足下に向ひて、足下が真に予に此書面を寄せたるや否やを質せしに、足下は今十七日付を以て、彼の一書は確に足下より出でたることを明かにせり。
予は今初めて足下に答ふべし。足下は毎日新聞の記事に対する予の責任を問ふの前、先づ足下自ら其良心に対する足下の責任を一考し、然る後足下が公人として社会に対する責任如何を反省することを望む。
足下が東京市参事会員として汚涜の行為ありたりとの事は、独り毎日新聞之を記せるのみならず、都下地方幾百の新聞之を記載し、帝国四千五百万の民衆之を口にし、復足下の為に其妄を弁ずる者を見ざるは何ぞや。予は心窃に足下の境遇の甚だ悲むべきを察せざるを得ず。足下若し法律に問はれずんば、何事をなすも可なりと考ふるならば、
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