七拾五円也。
是は鉛管百七万八千七百五十封度の値上げ代価、但し一封度に付金拾銭也。
主任者は夏目金次郎。三十三年六月三十日起草。同日上局裁決。七月二日参事会収受。同日主査会に提出。翌三日、参事会にて確定。
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 是れ大日本帝国の首都たる東京市の名誉職が、白昼公然他を脅嚇して盗賊を行へる顛末書なり。一封度九銭六厘六毛の物品を十銭に値上げしたる結果、増加の差額三千六百六十七円を盗奪せしものなり。
 市民諸君。此文書に就て経過の要点を見よ。書類稽留は決して澹泊無味のものに非ず。賄賂を強迫する日子を経過する所以のものにして、参事会員太田直次は六月十九日此の第一案を抑留し、自ら鉛管会社々長郷誠之助に談判し、賄賂を納れざれば購入せざるべしと脅嚇したるなり。会社元と製産費外に賄賂を見込むの計算なし。此に於て価格引上の談判となり、長松某証人として密約成り、六月三十日の定案となりたるもの。奇なる哉、安価の見積書は六月十九日に提出せられ太田に稽留せられて三十日に至りしに、値上げの案は、七月二日に提出せられて翌三日に可決せられたり。――」
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 市参事会員は皆な星の乾児だ。
 毎日新聞が「公盗の巨魁星亨」と題して連日攻撃の記事を掲げ、且つ司法権の発動を促がすや、星は忽ち逆襲の兵法を執つた。左に星と先生との往復の書翰を示す。
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星亨の来書。
 島田三郎足下
 足下の主宰する毎日新聞は、近日連りに虚妄の事項を登載し、言を極めて予を讒毀せり。予は世上多くの新聞記者が自ら知らず、而して犠牲責任者の背後に潜みて唯徒らに紙上に呶々するの陋を見、常に其言ふ所に放任し、之を弁駁咎責するの要なしとせり。然れ共足下は其流を異にし、平生道義徳操を標榜とし、士君子を以て自ら居る。然るに今回の事たる、足下其平生に反し、虚妄無責任の事実を濫記し一に予を讒誣し、狂呼暴言殆ど常感の外に逸する観あらしむ。思ふに足下必ず確信する所あるによるべし。
 足下果して予を以て言ふが如き汚涜の事実ありとせば、宜しく公然自ら名を署し其責を明にせよ。若し既記の事実を再説するの要なしとせば、従前の記す所、足下の手に成れるを明示せよ。予亦足下の責任に対し、相当の敬意を以て進で此が虚妄讒誣を証明するの手段を講ずべし。此れ足下平生の主張に於て必ずや否む能はざる所なるべし。若し夫れ尚
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