依然として自ら韜晦し漫に無責任の呼号を事とするの陋に出でんか、足下平生の主張は矯飾自ら衒ふものにして従来記する所は悉く確信拠守する所なき妄誣に過ぎざるを表白するものなるべし。
  明治三十三年十一月十六日[#地から2字上げ]星亨
先生の返書。
 星亨足下
 昨十六日附足下の名を以て予に寄せたる書面、或は足下の配下が足下の名を騙て予に寄せたるものに非るかを疑ひ一応足下に向ひて、足下が真に予に此書面を寄せたるや否やを質せしに、足下は今十七日付を以て、彼の一書は確に足下より出でたることを明かにせり。
 予は今初めて足下に答ふべし。足下は毎日新聞の記事に対する予の責任を問ふの前、先づ足下自ら其良心に対する足下の責任を一考し、然る後足下が公人として社会に対する責任如何を反省することを望む。
 足下が東京市参事会員として汚涜の行為ありたりとの事は、独り毎日新聞之を記せるのみならず、都下地方幾百の新聞之を記載し、帝国四千五百万の民衆之を口にし、復足下の為に其妄を弁ずる者を見ざるは何ぞや。予は心窃に足下の境遇の甚だ悲むべきを察せざるを得ず。足下若し法律に問はれずんば、何事をなすも可なりと考ふるならば、是れ大なる誤謬なり。足下若し法網を免るゝの道を講ずるに敏ならば公罪を犯すも可なりと信じ居るならば、是れ大なる誤謬なり。足下夙に欧米に遊学し、欧米の社会に於て社会的道徳は遙に日本より高く、社会的制裁は遙かに日本より厳なることを知らん。予は平生、日本の社会的道徳を高め、日本の社会的制裁を厳にし、若し証拠の不充分なるが為に法網を免かるゝ犯罪者あるも、断然之を社会の外に、排斥せんことを期するものなり。
 足下若し良心あらば、今に於て足下が公人として、社会に対する責任を明かにし、四千五百万民衆が足下に対して抱ける疑惑を消散するに勉めよ。
 予は足下に向ひ、足下の現時の要務は、他の責任に就て云為するの前、先づ足下が公人として社会に対する責任を尽し得たるや否やを反省するに在ることを教示せんと欲するものなり。
  十一月十七日[#地から2字上げ]島田三郎
[#ここで字下げ終わり]
 司法権も漸く動き出して、利光某中島某等市会及市参事会に於ける星の腹心の人達が陸続と監獄裡の人となつた。
 帝国議会の召集は、十二月二十二日に迫つて居る。政党改善を標榜して起つた伊藤首相は煩悶した。二十一日、星は遂に逓信官を
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