問題とは思はざるなり。否な思はざるに非ず。去れど被害民の発程事情、利根河畔の衝突の事情に就て暫く沈黙を守らんと欲する余は勢ひ之を詳記せざるべきなり。余は勿論其活劇の場所に立会へる者に非ず。而して館林警察署長は断じて抜剣の動作なしと明言せり。去れど余は被害人民の多くより警官の中抜剣したる者を見たりと訴ふるを聴けり。只だ余は警官等が抜剣の事なからん為めに、予《あらかじ》め麻繩もてツバ元を縛し置けりとの弁解を以て、此の無用なる周到の用意は、却て当局者の疑惑を招くに過ぎざるを感ずるのみ。

   解散後警官の挙動

然れ共被害民一行解散後に於ける警官の動作は、注意せざるべからず。是れ警察の威厳と信用とに関する重要問題なればなり。
利根河畔なる衝突現場に於ける警官の殴打は治安保護上の必要なりと弁解することを得ん。去れど解散後に於ける殴打は何の辞を以て、之を弁護せんと欲する乎。
逃ぐる敵を逐ふは戦場に於ける勇者の恥辱なり、況《ま》して鉱毒被害民は警官の仇敵に非るなり。故に警官が解散執行後に採るべき職務は本然の懇篤親切に立ち返へりて、彼等人民をして平和に其の家に行かしむるに在り。而して余は此の間に立
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