被害地民の意思

中央政府諸君の観察は余の知らざる所なりと雖も諸君幸に安心せよ。彼等被害地人民は共和政体を新設せんと欲するに非ず。諸君の椅子を奪はんと欲するに非ず。彼等は只だ自己一身の利害の為めに、諸君に向て救済の道を哀求するに過ぎざるなり。
三十年前に於ける鉱毒の劇甚なりし事は、最早や誰人も疑はざる所なり。三十年に於ける除害工事の命令に依つて之を防遏《ばうあつ》し得るとは、思ふに今日政府の意見ならん。而して彼等被害地民は之を然らずと主張するなり。今日の問題は過去の事実に係るに非ずして、此の新事実の上に存するなり。彼等被害民は他意あるに非ず、故に政府にして胸襟を開きて彼等に対しなば、彼等野人は先づ其の徳に向て感泣すべきなり。
余は彼等人民に接し、専制政治に慣れたる国民の如何に深く政府を尊重するかを知れり。若し夫れ鉱業より生ずる害毒に向て、是れが条理を明かにし、誠心以て之に臨まば、意外に円滑なる終局を告げて、却て民心を満足するに至らんも知るべからず。只だ政府此の道に出でず、彼等に対する宛然《さながら》非人乞食を遇するが如くす。是れ人民をして益※[#二の字点、1−2−22]怨恨
前へ 次へ
全13ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング