鉱毒飛沫
木下尚江

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)図《はか》らざりき

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)兇徒|嘯聚罪《せうしうざい》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)這《は》ふ/\居村へ逃れり。
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

   兇徒嘯聚の疑獄起る

二月十三日、利根の河畔に於ける足尾鉱毒被害民と憲兵警官との衝突を報道せんことは、余が此の旅行の主たる目的には非ざりしなり。図《はか》らざりき余が重きを置かざりし此の出来事は、今や却《かへつ》て案外なる大疑獄を惹起《じやくき》せんとは。
直接に中央政府に向て請願せんと企てたる彼等二千五百の鉱毒被害民は、憲兵警官の為めに解散せられたり。而して之と同時に彼等人民は「兇徒|嘯聚罪《せうしうざい》」の告発を受けたり。
十五日、栃木県足利郡久野村の村長稲村與一、室田忠七、設楽常八、群馬県|邑楽《おふら》郡渡良瀬村の村長谷富三郎、多々良村の亀井明次、西谷田村の荒井嘉衛等は各※[#二の字点、1−2−22]自宅より拘引《こういん》されたり。
十六日、前橋地方裁判所の嘱託を受けたる各地管轄の区裁判所判事は目星《めぼし》き村民の家宅に就きて証拠物件の捜索を遂げぬ。而して其の苟《いやしく》も鉱毒事件に関する者は信書と印刷物と其の新と旧とを問はず尽《こと/″\》く之を押収し去れり。多くの拘引状は尚ほ警官の手に握られてあり。何時、誰れが捕縛し去られんも知るべからず。鉱毒被害地を挙げて人心極めて不安なり。

   警官の挙動

此の疑獄に向て余は隻語《せきご》だに容喙《ようかい》すべき権利なし、然かのみならず、余は此際特に謹慎を加へて、彼等人民が今回の動静に就ては務めて沈黙を守らんと欲す。人民の行為に対しては司法官の審検あらん。去れど其の対手《あひて》たる警官の挙動は今ま爰《こゝ》に其の一斑を記述し置くべき必要あらん。
利根河畔に於て警官が抜剣したりや否やは、是れ被害民の動作と相関聯する問題にして、警官は其の機を得て抜剣すべき権力ある者、余は之を以て今回の活劇に於ける大
次へ
全7ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング