早く見せたくて、東京へ行つて郵便に出した。
 幸徳から返事が来た。
『君の手紙で、思ふ存分に泣いた――』
 遺稿「基督抹殺論」は、堺君と高島米峰君の尽力で世に出た。彼は四十一歳であつた。
 丁度、早稲田大学の雄弁会から呼びに来たので、早速承諾の返事を出した。演題は、
「基督抹殺論を読む」
 君よ。妙なことには、これが僕の「演説家」生活の、最後の幕になつた。
[#地から1字上げ]〔『朝日新聞』昭八・四・一五ー二〇〕



底本:「近代日本思想大系10 木下尚江集」筑摩書房
   1975(昭和50)年7月20日初版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
ファイル作成:
2006年9月18日公開
青空文庫作成ファイル:
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