眼《まなこ》を開けり、重畳《ちようでふ》たる灰色の雲破れて、武甲《ぶかふ》の高根、雪に輝く、

     二十七の一

 壕水《ほりみづ》に映《う》つる星影寒くして、松の梢《こずゑ》に風音|凄《すご》く、夜も早や十時に垂《なんな》んたり、立番の巡査さへ今は欠伸《あくび》ながらに、炉を股にして身を縮むる鍛冶橋畔《かぢけうはん》の暗路を、外套《ぐわいたう》スツポリと頭から被《かむ》りて、弓町《ゆみちやう》の方《かた》より出で来れる一黒影あり、交番の燈火にも顔を背向《そむ》けて急ぎ橋を渡りつ、土手に沿うて、トある警視庁官舎の門に没し去れり、
 彼《か》の黒影はヤガて外套を脱して、一室の扉を押せり、室内は燈火|明々《めい/\》として、未《いま》だ官服のまゝなる主人は、燃え盛る暖炉《だんろ》の側に安然と身を大椅子に投げて、針の如き頬髯《ほゝひげ》撫で廻はしつゝあり、
 扉の開かれし音に、ギロリとせる眼を其方《そなた》に転じつ「ヤア、吾妻」
 彼の黒影は同胞新聞の記者吾妻俊郎にぞありける、
 吾妻はその敏慧《びんけい》なる眼に微笑を含みつゝ、軽く黙礼せる儘、主人と相対して椅子に坐せり、
「川地課長
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