《いは》く君が裁判の予想|如何《いかん》、余曰く時《とき》非《ひ》なり、無罪の判決元より望むべからず、両兄|曰《いは》く然《しか》らば則《すなは》ち禁錮|乎《か》、罰金乎、余曰く余は既に禁錮を必期《ひつき》し居《を》る也、然れ共|幸《さいはひ》に安んぜよ、法律は遂《つひ》に余を束縛すること六月以上なる能はざるなり、且《か》つや牢獄の裡《うち》幽寂《いうせき》にして尤《もつと》も読書と黙想とに適す、開戦以来|草忙《さうばう》として久しく学に荒《すさ》める余に取《とつ》ては、真に休養の恩典と云ふべし、両兄曰く果して然るか、君が「火の柱」の主公|篠田長二《しのだちやうじ》を捉《とら》へて獄裡《ごくり》に投じたるもの豈《あ》に君の為めに讖《しん》をなせるに非ずや、君何ぞ此時を以て断然之を印行《いんかう》に付せざるやと、余の意|俄《にはか》に動きて之を諾して曰く、裁判の執行|尚《な》ほ数日の間《かん》あり、乞ふ今夜|直《ただち》に校訂に着手して、之を両兄に託さん入獄の後《のち》之を世に出だせよ、
斯くて九時、余は平民社を辞して去れり、何ぞ知らん、舞台は此瞬間を以て一大廻転をなさんとは、
余が
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