》ねるもあり、腕を撫《ぶ》して高論するもの、妓《ぎ》を擁して喃語《なんご》するもの、彼方《かなた》に調子外れの浄瑠璃《じやうるり》に合はして、絃《いと》をあやつる老妓あれば、此方《こなた》にどたばた逐《お》ひまくられて、キヤツと玉切《たまぎ》る雛妓《すうぎ》あり、玉山|崩《くづ》れて酒煙|濛々《もう/\》、誠に是《こ》れ朝《あした》に筆を呵《か》して天下の大勢を論じ去る布衣《ふい》宰相諸公が、夕《ゆふべ》の脚本体なりける、
一隅に割拠《かつきよ》したる五六の猛士、今を盛りの鯨飲《げいいん》放言、
「だが、君、今夜の最大奇観とも謂《いひ》つべきは、篠田長二の出て来たことだ、幹事の野郎も随分《ずいぶん》人が悪いよ、餅月と夏本の両ハイカラの真中《まんなか》へ、彼《あ》の筒袖《つゝツぽ》を安置したなどは」
「所が当人、其を侮辱とも何とも感じないのだから恐れ入るんだ」
「人間も彼程《あれほど》に常識《コンモンセンス》を失へば気楽なものサ」
「見給へ、彼奴《きやつ》未だ四角張つて何か言つてるぜ」
「ヤ、相手が珍報社の丸井隠居ぢや、是《これ》こそ天然《てんねん》の滑稽《こつけい》ぢや」
折柄、ツヽと小急ぎに行き過ぐる廿一二の芸妓《げいしや》を、早くも見て取つたる一人声振り上げ「其れへ打たせ玉ふは、烏森《からすもり》に其人ありと知られたる新春野屋の花吉殿ならずや」呼ばれて芸妓は振り向きつ「オヽ、左《さ》言《い》ふ貴殿は河鰭氏《かはひれうぢ》」と晴やかなる眼《まなこ》に笑《ゑみ》を含めて、きツと宜《よろ》しく睨《にら》まへれば「よウ菊三郎ウ」と、何れも手を拍《う》つてザンザめく、
「あら、可《よ》う御座んすよ、たんと御なぶり遊ばせ」と、忽《たちま》ち砕けで群に加はる花吉を、相格《さうがう》崩しての包囲攻撃、
「近来又た海軍の松島を捕獲したツてぢやないか」「花吉の凄腕《せいわん》真に驚くべしだ」「露西亜《ロシヤ》に対する日本の態度の曖昧《あいまい》なのも、君の為めだと云ふ噂《うはさ》だぞ」「松島君に忠告して早く戦争《いくさ》する様にして呉れ給へ」「露西亜との軍費を捲《ま》き上げて、之を菊三郎への軍費に流用する所、好個の外務大臣だ」誠《まこと》や筆を執《と》つては鷺《さぎ》を烏となし、灰吹から竜をも走しらす記者諸君を、只だ三寸の鴬舌《あうぜつ》もて右に左に叩たき伏せ、有り難たがらせて
前へ
次へ
全148ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング