しやるでせう、私の嬉《うれ》しく思ふのは、天では神様、そして地では、剛さん、貴郎《あなた》ばかりです――」
 彼女《かれ》は忽《たちま》ち眼を閉ぢて俯《うつむ》けり「――左様《さう》ぢや無い、私は慥《たしか》に身も心も献げた尊《たふと》き丈夫《かた》が在《あ》るのです、けれど篠田さん――貴方は少しも私の心、此の涙に浸《ひた》せる我心を少しも知つては下さいません――其れを御怨《おうら》み申しは致しません、けれど何と云ふ情ない世の中でせう、此の純潔な私の恋が――左様《さう》です、純潔です、必ず一点の汚涜《をどく》もありません――貴方の為めに禍《わざはひ》の種となるのです、――篠田さん、我が夫《つま》、何卒|御赦《おゆる》し下ださいまし、貴方の博大の御心には泣いて居るのです、私は既《も》う決心致しました、私は父から全く離れました、家庭からも全く離れました、教会からも離れました、私は天の神様をのみ父とし母として、地に散在する憐《あは》れなる兄弟と、大きな家庭を作ることに覚悟致しました、そして此世を神様の教会と致します、――篠田さん、貴郎《あなた》は私の此の決心を、叱つて下ださいませんでせうねエ――」
 彼女《かれ》は恍惚《くわうこつ》として夢の如く、心に浮ぶ篠田の面影《おもかげ》に縋《すが》りて接吻せり、
「姉さん」と黄色の声して芳子は走《は》せつゝ入り来れり、
 梅子は遽然《きよぜん》我に返へりつ、「あら、芳ちやん、喫驚《びつくり》しましたよ、何《どう》なすつて」
「姉さん、私、可《い》いこと聴いたワ」芳子は姉の面《かほ》打ち眺《なが》めて笑ふ、
 梅子は又た何か面白ろからぬ我が噂《うはさ》なるべしと思へば、取り合はん心もあらず、
 去れど芳子は一向|無頓着《むとんちやく》に、大勝利を報告する将軍の如くぞ勇める「姉さん、私、今ま可《い》いことを聴いてよ、篠田さんは到頭《たうとう》縛《しば》られて、牢屋へ行きなさるんですと」
 巨砲もて打たれたらん如き驚愕《きやうがく》を、梅子は熟《じつ》と制しつ「――左様《さう》ですか――誰にお聴きなすつて――」
「今ネ、何処《どこ》からか電話で、――何でも警視庁とか云つてでしたの――報《しら》して来たんです、阿父《おとつさん》が阿母《おつかさん》に話して在《い》らしつてよ、是れで漸《やうや》く松島さんへ、お詫《わび》が出来るつて、ほんと
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