真の顔などは見えなくなる程が可《い》いよ、――そりやお前、絵姿なんてものは、極《きま》り切つた顔して居るばかりだけれど、此の心に映る姿は、物も言へば、歩きもする、怒りもすれば笑ひもする、斯様《こんな》自由自在なものは有るまいよ」
「成程」と、篠田は瞑目《めいもく》して、伯母が言葉の端々《はし/\》深く味ひつ、
 伯母はほツほと独《ひと》り笑ひつ「私ヤ、まア、勝手なことばかり言つて居たが、長二や、其れよりもお前の嫁《よめ》の決らないのが、誠に心懸《こころがか》りだよ、何《どう》だエ、未《ま》だ矢ツ張り心当りが無いか、――江戸あたりの埃《ほこり》の中には、お前の気に協《かな》つたものは有るまいが、ト云つて山の中にも無しの、ほんに困つて仕舞《しま》うたよ」と首傾けて屈托《くつたく》の態《さま》なりしが「ほう」と一つ己《おのれ》が膝《ひざ》叩《たゝ》きつ「どうだエ、長二、お前、亜米利加《アメリカ》とかで大層お世話になつた婦人《かた》があるぢや無いか、偉い女性《ひと》だとお前が言ふのだから、大した人に相違なかろが、一つ其|婦人《かた》を貰ふわけにやなるまいか、異人でも何でむ構やせぬよ、其れに御亭主の無い婦人《かた》だとお言ひぢやないか、エ、長二」
 篠田は腹を拘へて噴飯《ふきだ》せり、
「イエ、本当の話だよ」と伯母は益々|真面目《まじめ》也、
「伯母さん、兼《かね》てお話した通り、偉い女性《ひと》に相違ありませぬがネ、――伯母さんより十歳《とを》も上のお姿さんですよ」
「何だエ」と伯母は眼を円《まる》くし「其様《そんな》豪《えら》い婦人《ひと》で、其様《そんな》歳《とし》になるまで、一度もお嫁にならんのかよ――異人てものは妙なことするものだの」
「別に不思議はありませんよ、現に伯母さんも左様《さう》ぢやありませんか」
「ナニ、私ヤ、是でもチヤンと心に亭主があるのだよ」
「其れならば、伯母さん、御安心下ださい、私もチヤンと花嫁がありますよ」
 篠田は晃々《くわう/\》たる雪の山々見廻はして、歓然たり、
「オヽ、お嫁があるとエ」と伯母は驚くまでに打ち喜び
「して、其《そ》れは何時きめました、早く知らせて呉れゝば可《い》いに」
「なに、伯母さん、改めてお知らせする程のことも無いのです、最早《もう》疾《と》くの昔時《むかし》のことですから」
[ほツほ、何を長二、言ふだよ、斯様《こんな
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