去れる後数分、警吏は令状を携《たづさ》へて平民社を叩《たゝ》けり、厳達して曰く「鳴呼《あゝ》増税」の一文、社会の秩序を壊乱するものあり依《よつ》て之を押収《あふしふ》すと、
四月|一日《いちじつ》を以て余は判決の宣告を受けぬ、四月二日を以て堺兄の公判は開廷せられぬ、而して其の結果は共に意外なりき、余は罰金に処せられたり、堺兄は軽禁錮三月に処せられたり、而して平民新聞は発行禁止の宣告を受けたるなり、平民社は直に控訴の手続に及びぬ、
其の九日の夜、平民社演説会を神田の錦輝舘《きんきくわん》に開けり、出演せるもの社内よりは幸徳、堺、西川の三兄、社外よりは安部《あべ》兄と余となりき、演説終つて後、堺兄の曰く、来る十二日控訴の公判開かれんとし花井、今村の諸君弁護の労を快諾せられぬ、然《しか》れ共我等同志が主義主張の故を以て法廷に立つこと、今後必ずしも稀《まれ》なりと云ふべからず、此際我等の主張を吐露して之を国権発動の一機関たる法廷に表白する、豈《あ》に無益のことならんやと、一座賛同、而《しか》して余|遂《つひ》に其の選に当りて弁護人の位地に立つこととなれり、
十二日は来れり、公判は控訴院第三号大法廷に開《ひらか》れぬ、堺兄に先《さきだ》ちて一青年の召集不応の故を以て審問せらるゝあり、今村力三郎君弁護士の制服を纏《まと》ひて来り、余の肩を叩いて笑つて曰く、君近日|頻《しき》りに法廷に立つ、豈《あ》に離別の旧妻に対して多少の眷恋《けんれん》を催《もよ》ほすなからんやと、誠に然り、余が弁護士の職務を抛《なげう》つてより既《すで》に八星霜、居常《きよじやう》法律を学びしことに向《むかつ》て遺憾《ゐかん》の念なきに非ざりしなり、今ま我が親友の為めに同志を代表して法廷に出づるに及び、余が不快に堪へざりし弁護士の経験が、決して無益に非ざりしことを覚り、無限の歓情《くわんじやう》禁ずべからざりし也、
既にして彼《か》の青年の裁判は終了せり、而《しか》して堺兄は日本に於ける社会主義者の代表者として「ボックス」の中に立てり、
判事の訊問あり、検事の論告あり、弁護人の弁論あり、而して午後二時公判は終了を告げぬ、
越えて十六日、判決は言ひ渡たされぬ、堺兄は軽禁錮二月に軽減せられたり、而して発行禁止の原判決は全然取り消されたり、
吾人は堺兄の為に健康を祈ると共に、「発行禁止」の悪例の破壊
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