うのは今の女二《にょに》の宮《みや》のたしか御良人《ごりょうじん》でいらっしゃる方ですね」
などと言っているのも、世間に通じない田舎《いなか》めいたことであった。
あの人たちが言うように実際大将が通るのであろうかと浮舟が思っている時に、かつてこれに似た山路《やまみち》を薫の通って来たころ、特色のある声を出した随身の声が他の声にまじって聞こえてきた。月日が過ぎれば過ぎるほど昔を恋しく思ったりすることは何にもならぬむだなことであると情けなく姫君は思い、阿弥陀仏《あみだぶつ》を讃仰《さんごう》することに紛らせ、平生よりも物数を言わずにいた。
薫は常陸の子を帰途にすぐ小野の家へやろうと思ったのであるが、従えている人の多いために避けて邸《やしき》へ帰り、翌朝になってから僧都の手紙を持たせてやることにして、きわめて親しく思う人で、おおぎょうにならぬもの二、三人だけを付け、昔も宇治の使いをよくさせた随身も添えてやるのであった。聞く人のない時に、その子を薫はそばへ呼んで、
「おまえの亡くなった姉様の顔は覚えているか、もう死んだ人だとあきらめていたのだが、確かに生きていられるのだよ。ほかの人たちに
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