うな性質の人であると聞いていた老尼の所でうつ伏しになっているのであったが、眠入《ねい》ることなどはむろんできない。宵惑いの大尼君は大きい鼾《いびき》の声をたてていたし、その前のほうにも後差《あとざ》しの形で二人の尼女房が寝ていて、それも主に劣るまいとするように鼾《いびき》をかいていた。姫君は恐ろしくなって今夜自分はこの人たちに食われてしまうのではないかと思うと、それも惜しい命ではないが、例の気弱さから死にに行った人が細い橋をあぶながって後ろへもどって来た話のように、わびしく思われてならなかった。童女のこもき[#「こもき」に傍点]を従えて来ていたのであるが、ませた少女は珍しい異性が風流男らしく気どってすわっているあちらの座敷のほうに心が惹《ひ》かれて帰って行った。今にこもき[#「こもき」に傍点]が来るであろう、あろうと姫君は待っているのであるが、頼みがいのない童女は主を捨てはなしにしておいた。
 中将は誠意の認められないのに失望して帰ってしまった。そのあとでは、
「人情がわからない方ね。引っ込み思案でばかりいらっしゃる。あれだけの容貌《きりょう》を持っておいでになりながら」
 などと姫君を譏《そし》って皆一所で寝てしまった。
 夜中時分かと思われるころに大尼君はひどい咳《せき》を続けて、それから起きた。灯《ひ》の明りに見える頭の毛は白くて、その上に黒い布をかぶっていて、姫君が来ているのをいぶかって鼬鼠《いたち》はそうした形をするというように、額に片手をあてながら、
「怪しい、これはだれかねえ」
 としつこそうな声で言い姫君のほうを見越した時には、今自分は食べられてしまうのであるという気が浮舟にした。幽鬼が自分を伴って行った時は失心状態であったから何も知らなかったが、それよりも今が恐ろしく思われる姫君は、長くわずらったあとで蘇生《そせい》して、またいろいろな過去の思い出に苦しみ、そして今またこわいとも怖《おそ》ろしいとも言いようのない目に自分はあっている、しかも死んでいたならばこれ以上恐ろしい形相《ぎょうそう》のものの中に置かれていた自分に違いないとも思われるのであった。昔からのことが眠れないままに次々に思い出される浮舟は、自分は悲しいことに満たされた生涯《しょうがい》であったとより思われない。父君はお姿も見ることができなかった。そして遠い東の国を母についてあちらこちらとまわって歩き、たまさかにめぐり合うことのできて、うれしくも頼もしくも思った姉君の所で意外な障《さわ》りにあい、すぐに別れてしまうことになって、結婚ができ、その人を信頼することでようやく過去の不幸も慰められていく時に自分は過失をしてしまったことに思い至ると、宮を少しでもお愛しする心になっていたことが恥ずかしくてならない。あの方のために自分はこうした漂泊《さすらい》の身になった、橘《たちばな》の小嶋の色に寄せて変わらぬ恋を告げられたのをなぜうれしく思ったのかと疑われてならない。愛も恋もさめ果てた気がする。はじめから淡《うす》いながらも変わらぬ愛を持ってくれた人のことは、あの時、その時とその人についてのいろいろの場合が思い出されて、宮に対する思いとは比較にならぬ深い愛を覚える浮舟《うきふね》の姫君であった。こうしてまだ生きているとその人に聞かれる時の恥ずかしさに比してよいものはないと思われる。そうであってさすがにまた、この世にいる間にあの人をよそながらも見る日があるだろうかとも悲しまれるのであった。自分はまだよくない執着を持っている、そんなことは思うまいなどと心を変えようともした。
 ようやく鶏の鳴く声が聞こえてきた。浮舟は非常にうれしかった。母の声を聞くことができたならましてうれしいことであろうと、こんなことを姫君は思い明かして気分も悪かった。あちらへ帰るのに付き添って来てくれるものは早く来てもくれないために、そのままなお横たわっていると前夜の鼾《いびき》の尼女房は早く起きて、粥《かゆ》などというまずいものを喜んで食べていた。
「姫君も早く召し上がりませ」
 などとそばへ来て世話のやかれるのも気味が悪かった。こうした朝になれない気がして、
「身体《からだ》の調子がよくありませんから」
 と穏やかな言葉で断わっているのに、しいて勧めて食べさせようとされるのもうるさかった。
 下品な姿の僧がこの家へおおぜい来て、
「僧都《そうず》さんが今日《きょう》御下山になりますよ」
 などと庭で言っている。
「なぜにわかにそうなったのですか」
「一品《いっぽん》の宮《みや》様が物怪《もののけ》でわずらっておいでになって、本山の座主《ざす》が修法をしておいでになりますが、やはり僧都が出て来ないでは効果の見えることはないということになって、昨日は二度もお召しの使いがあったのです。左大臣家
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