い衣擦《きぬず》れの音がして、中央の室《へや》から抜けてあちらへ行った。兵部卿の宮がそこへ歩いておいでになって、
「ここから今あちらへ行ったのはだれか」
と他の者に尋ねておいでになった。
「一品《いっぽん》の宮《みや》様のほうの中将さんでございます」
と答える声も御簾《みす》の中でした。おもしろくないことである、だれであろうとかりそめにもせよ好奇心の起こった人が、すぐにだれそれであると名ざしをして聞かれるではないか、とその女がかわいそうに思われ、また兵部卿の宮には皆よくお馴《な》れしていて、隠すところもなくなっているのがなんとなくうらやましい気もする薫であった。自由に接近してお行きになることができ、上手《じょうず》な技巧で誘惑をあそばされては女も負けることになるのであろう、自分にはそんなことができず、こちらの人たちとは、縁の遠いうとうとしいものになっているのが残念である。侍している人の中で、どうかして近ごろ兵部卿の宮がはげしく恋をしておいでになる人を自分のものにして、あの時に自分が苦しんだような思いを宮にもお味わわせしたい。聡明な女であれば自分のほうを愛するはずであるとは思われるが
前へ
次へ
全79ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング