だ、

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のちにまた逢ひ見んことを思はなんこのよの夢に心まどはで
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 とだけ書いた。誦経の初めの鐘の音が川風に混じって聞こえてくるのをつくづくと聞いて浮舟は寝ていた。

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鐘の音《ね》の絶ゆる響きに音を添へてわが世尽きぬと君に伝へよ
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 これは寺から使いがもらって来た経巻へ書きつけた歌であるが、使いは朝になってから帰るというために木の枝へ結びつけて渡すようにしておいた。乳母《めのと》が、
「何だか胸騒ぎがしてならない。奥様も悪夢をたくさん見ると書いておよこしになったのだから、宿直《とのい》の人によく気をつけるように言いなさい」
 と言っているのを、今夜脱出して川へ行こうとする浮舟は迷惑に思って聞いていた。
「お食事の進みませんのはどうしたことでしょう。お湯漬《ゆづ》けでもちょっと召し上がってごらんになりませんか」
 などと世話をやくのを、利巧《りこう》ぶっても老人ふうになってしまったこの女は、自分が死んでしまえばどこへ行くであろうと、そんなことも想像して浮舟は悲しかった。もう寿命とは別にこの
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