てあるのは、閑暇《ひま》の多い人の仕事と見えた。またぶり[#「またぶり」に傍点]に山橘《やまたちばな》の実を作ってならせてあるのへ付けてあったのは、
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まだふりぬものにはあれど君がため深き心にまつとしらなん
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こんな平凡な歌であったが、常に心にかかっている人の作であるかもしれぬということで興味をお覚えになった。
「返事を書いてあげなさい。無情じゃありませんか。隠す必要もない手紙を私が見ただけだのに、なぜ機嫌《きげん》を悪くしたのですか、では私はあちらへ行こう」
こんな言葉を残して宮は夫人の居間から出てお行きになった。中の君は少将などに、
「宮様に見られてしまって、あの人がかわいそうだったね。小さい子が使いから受け取ったのだろうけれど、だれも気がつかなかったのかねえ」
ひそかにこんなことを言っていた。
「私どもが気がついておりましたなら、どうして持たせて差し上げなどするものでございますか、全体この子はあさはかに出過ぎる子でございます。将来のことは子供の時を見てよく想像されるものですが、おっとりとしています子には見込みがございますけれど」
などと憎むのを見て、
「まあそんなに言わないでね。子供に腹をたてるものではない」
と夫人は制した。去年の冬にある人から童女として奉公させた子であるが、顔のきれいなために宮もかわいがっておいでになった。
御自身の居間のほうへおいでになった宮は、不思議なことでないか、あれからのちも宇治へ行くことを大将はやめないと聞いていたが、そっと泊まる夜もあると人が言った時に、深い恋をした人の面影の残る山荘だからといっても、ああした所に宿泊までするのかと思ったのは、こうした新しい情人を隠していたためなのであろうと、思い合わされることもおありになって、学問のほうの用で自邸でもお使いになる大内記が、薫の家の人によるべのあることをお思い出しになり、居間へお呼びになった。韻塞《いんふたぎ》をされるはずになっていたから、詩集のしかるべきものを選んでここの棚《たな》へ積んでおくことなどをお命じになったあとで、
「右大将が宇治へ行かれることは今でも同じかね。寺をりっぱに作ったそうだね。一度見たいものだ」
こんな話をおしかけになった。
「たいへんなものでございます。不断の三昧《さんまい》堂などもけっこうな設計でお作らせになったと申すことを聞きました。宇治へおいでになりますことは昨年の秋ごろから以前よりもはげしくなったようでございます。下の者のそっと申しておりますのを聞きますと、愛人を隠しておいておありになるようでございます。かなり大事にしていられる人らしゅうございます。大将のあのへんのあちらこちらの荘園の者が皆仰せで山荘の御用を勤めております。代る代る宿直《とのい》をおさせになったりもするようです。京のお邸《やしき》からも、そっと目だたせずに入り用な物品を山荘へ送らせておいでになります。どんな幸運の人が、しかしながら心細い山荘住まいをさせられておいでになるのだろうと、この話を十二月に聞いたと私に話した者は言いましてございます」
と大内記は言った。すべてがこれで明らかになったと宮はお喜びになった。
「どういう人と言っていなかったかね、あの山荘にもとからいる尼のめんどうを大将は見てやっていると聞いたが、そのまちがいではないだろうね」
「尼さんは廊の座敷に住んでおります。その方は今度建ちました御殿のほうに、きれいな女房などもたくさん使って、品よく住んでおいでになるようでございます」
「おもしろい話だね、どういうつもりで、どこの婦人をそうして隠しているのだろう。なんといってもあの人のすることは特色があるね、左大臣などはあの人があまりに宗教に傾き過ぎて、山の寺などに夜さえも泊まることをするのは、身分柄軽率な譏《そし》りを受けることだと非難をしておられると聞いたが、実際は信仰のための微行などというものはできるものではない、やはり昔の恋人の家であるから、それに心が惹《ひ》かれて行くのだと私に言う者もあった。それがまた当を得た解釈ではなかったのだね、愛人を隠してあるなどとは驚くね。君はどう思う。だれよりも自分はまじめな人間であると標榜《ひょうぼう》している人が、そんな常識で想像もできぬようなことを仕組んで愛人をそっと持つなどということは」
と宮はおかしそうにお言いになった。大内記は右大将の家に古くから使っている家司《けいし》の婿であったから秘密な話も耳にはいるのであろう。宮のお心の中では、どんな策を用いてその薫《かおる》の愛人をあの夕べの女であるか、そうでないかと見きわめたらいいであろう、あの大将がそれほどに大事にしておく人はひととおりな美人ではあるまい、またその女が自分の妻と
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