どういう関係で親しいのであろうとお思われになり、薫と心を合わせて夫人があくまで隠そうとしていることがねたましく、いささか不快なことにもお思われになった。
 それ以来|兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は宇治の女のことばかりがお思われになった。宮中の賭弓《のりゆみ》、内宴などが終わるとおひまになって、一月の除目《じもく》などという普通人の夢中になって奔走してまわることには何のかかわりもお持ちにならないのであるから、微行で宇治へ行ってみることをどう実現さすべきであるかとばかり腐心しておいでになった。大内記は除目に得たい官があってどうかして宮の御歓心を得ておこうと夜昼心を使っているころであったのを、宮はまた好意をお見せになって、おそばの用に始終お使いになり、ある時、
「どんな困難なことでも私の言うことに骨を折ってくれるだろうか」
 とお言いだしになった。内記はかしこまって頭を下げていた。
「この間の話の大将の宇治に置いてある人ね、それは以前に私の情人だった女で、ある時から行くえ不明になっているのが、大将に愛されてどこかへ囲われているという話をこの間聞いてね、確かにその人かどうかをほかに分明にする手段はないから、あそこへ行って、ちょっとした隙間《すきま》からのぞくようにして見定めたいと思うのだ。それを少しも人に気《け》どらせないでする方法はどういうふうにすればいいだろう」
 宮はこうお言いになるのであった。めんどうの多い仰せであるとは思うのであるが、
「宇治へおいでになりますのには荒い山越しの路《みち》を行かねばなりませんが、距離にいたせばさほど遠いわけではございません。夕方お出ましになれば夜の十時ごろにはお着きになることができましょう。そして夜明けにお帰りになればよろしいでしょう。人に秘密を悟られますのは供の口から洩《も》れるのが多いのでございますが、それも侍たちの性質などはちょっとわかりかねますから、人選がむずかしいのでございます」
 と申した。
「そうだ。宇治へは昔も一、二度行った経験がある。軽率なことをすると言われることで遠慮がされるのだよ」
 とお言いになりながら返す返すもしてよい行動ではないと自身のお心をおさえようとされたのであるが、もうこんなことまで言っておしまいになったあとではおやめになることができなくなり、お供には昔もよく使いに行き、宇治の山荘の勝手をよく知った者二、三人、それから内記、乳母《めのと》の子で蔵人《くろうど》から五位になった若い男と、特に親しい者だけをお選びになり、大将は今日明日宇治へ行くことはないというころを、薫の家の内部の消息のよくわかる内記に聞いてお置きになってお出かけになる兵部卿の宮であったが、覚えのある路《みち》をおとりになるにつけても昔がお思い出されになり、あやしいまでに何事も打ちあけ合う友情を持ち、自分を伴って恋人の家へ入れてくれたほどの好意を知らず顔に、その人へ済まぬ心を起こして同じ宇治へ行くと、悩ましい気持ちを覚えておいでになった。京の中でも、浮気《うわき》な方とは申せ、極端な微行は経験しておいでにならないのであるが、簡単なお身なりをあそばして、大部分はお馬でおいでになることになっていた。お気持ちも無気味で、恐ろしくさえおありになるのであるが、好奇心の人一倍多い方であったから、山路《やまみち》を深く進んでおいでになったころには、こうして行ってその人を見ることができたらどんなにうれしいであろう、のぞくだけで自分の行ったことを知らせる方法がなかったら物足らぬ気がするであろうとお思いになるとまた胸が鳴った。法性寺のあたりまではお車で、それから馬をお用いになったのである。
 急いでおいでになったため、宮は九時ごろに宇治へお着きになった。内記は山荘の中のことをよく知った右大将家の人から聞いていたので、宿直《とのい》の侍の詰めているほうへは行かずに、葦垣《あしがき》で仕切ってある西の庭のほうへそっとまわって、垣根を少しこわして中へはいった。聞いただけは知っていたが、まだ来たことのない家であって、たよりない気はしながら、人の少ない所であるため、庭をまわり、寝殿の南に面した座敷に灯《ひ》のほのかにともり、そこにそよそよと絹の触れ合う音を聞いて行き、宮へそう申し上げた。
「まだ人は起きているようでございます。ここからいらっしゃいまし」
 と内記は言い、自身の通った路へ宮をお導きして行った。静かに縁側へお上がりになり、格子に隙間《すきま》の見える所へ宮はお寄りになったが、中の伊予簾《いよすだれ》がさらさらと鳴るのもつつましく思召《おぼしめ》された。きれいに新しくされた御殿であるが、さすがに山荘として作られた家であるから、普請《ふしん》が荒くて、戸に穴の隙《すき》などもあったのを、だれが来てのぞくことがあろうと安
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