心してふさがないでおいたものらしい。几帳《きちょう》の垂帛《たれ》を上へ掛けて、それがまた横へ押しやられてあった。灯を明るくともして縫い物をしている女が三、四人いた。美しい童女は糸を縒《よ》っていたが、宮はその顔にお見覚えがあった。あの夕べの灯影《ほかげ》で御覧になった者だったのである。思いなしでそう見えるのかとお疑われにもなったが、また右近とその時に呼ばれていた若い女房も座に見えた。主君である人の、肱《かいな》を枕《まくら》にして灯《ひ》をながめた眼《め》つき、髪のこぼれかかった額つきが貴女《きじょ》らしく艶《えん》で、西の対の夫人によく似ていた。宮のお見つけになった右近は服地に折り目をつけるために身をかがめながら、
「お宅へお帰りになりましたら、早くおもどりになることは容易ではございませんでしょうが、殿様は除目《じもく》にお携わりになったあとで、来月の初めには必ずおいでになりましょうと、昨日の使いも申しておりました。お手紙にはどう書いていらっしったのでございますか」
と言っていたが、姫君は返辞もせず物思わしいふうをしている。
「おいでになります時にわざとおはずしになったようになりましてもよろしくございません」
と、また言うと、それと向き合っている女が、
「そう申し上げてお置きになりませんではいけませんね。お詣《まい》りをなさいますことをね。軽々しくそっとお外出をなさいますことも今はもうよろしくないと思います。そしてお詣りが済めばすぐにおもどりなさいまし。ここは心細いお住居《すまい》のようですが、気楽で、のんびりとした日送りに馴《な》れましたから、お宅はかえって旅の宿のような気がして苦しゅうございましょうよ」
とも言う。また一人が、
「まあ当分はお動きにならずに、殿様の思召しのままここでごしんぼうをしていらっしゃるのがおおようで、お品のいいことではないでしょうか。京へお呼び寄せになりましたあとで穏やかに親御様にもお逢《あ》いあそばすことになさいませよ。まま[#「まま」に傍点]さんが性急《せっかち》ですからね、急にお詣りをおさせしてお宅のほうへもお寄りさせようと、こんなことを独《ひと》りぎめにきめてお宅へ言ってあげたのがよくないと思います。昔の人だって今の人だってもよくしんぼうをして気のゆるやかに持てる人が最後の勝利を占めていると私は思うのですよ」
こんなことも言っている。
「どうしてまま[#「まま」に傍点]をここまで来させたのでしょう。あちらへ置いて来るべき人をね。老人というものはよけいなことまでも考え出すものだのに」
右近のにがにがしそうにこう言うのは、乳母というような人の悪口かとも聞こえた。そうだ、差し出者がいたのだったとお思い出しになる宮は夢を見ている気があそばされた。女たちは聞く者が恥ずかしくなるようなことまで言い合って、
「二条の院の奥様はほんとうに御幸福な方ね。左大臣様は権力にまかせて大騒ぎになるのだけれど、若様がお生まれになってからは女王《にょおう》様の御|寵愛《ちょうあい》が図抜けてきたのですもの。まま[#「まま」に傍点]のようなうるさい人がおそばにいないでゆったりと上品に奥様らしく皆がおさせしているのがいい効果を見せたのですよ」
「殿様さえ奥様を深くお愛しになれば、こちらもお劣りになるものですか」
こんなことの言われた時、姫君は少し起き上がって、
「醜いことは言わないでね。よその人には劣らない人になりたいとか何とか思っても、女王様のことに私などを引き合いに出して言わないでね。もしあちらへ聞こえることがあれば恥ずかしい」
と言った。どんな血族にあたる人なのであろう、よく似た様子をしているではないかと宮は比べてお思いになるのであった。気品があって艶《えん》なところはあちらがまさっていた。この人はただ可憐《かれん》で、こまごまとしたところに美が満ちているのである。たとえ欠点があっても、あれほど興味を持って捜し当てたいとお希《ねが》いになった人であれば、その人をお見つけになった以上あとへお退《ひ》きになるはずもない御気性であって、まして残る隈《くま》もなく御覧になるのは、まれな美貌《びぼう》の持ち主なのであったから、どんなにもしてこれが自分のものになる工夫《くふう》はないであろうかと無我夢中になっておしまいになった。物詣《ものもう》でに行く前夜であるらしい、親の家というものもあるらしい、今ここでこの人を得ないでまた逢いうる機会は望めない、実行はもう今夜に限られている、どうすればよいかと宮はお思いになりながら、なおじっとのぞいておいでになると、右近が、
「眠くなりましたよ。昨晩はとうとう徹夜をしてしまったのですもの、明日早く起きてもこれだけは縫えましょう。どんなに急いでお迎いが京を出て来ましても、八、九
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