では世話になった、世話をしたというくらいのことでいつまでも親しみ合っていて、それが穏当に見える、こうした高い貴族の中では例のないことであるなどと誹謗《ひぼう》するかもしれぬという遠慮もあり、宮が続いてこの交情に疑いを持っておいでになるのが今になっていよいよ煩わしく思われもする心から、自然うとうとしいふうを見せていくようになったのであるが、薫のほうではそれにもかかわらず、好意を持ち続けた。宮も多情な御性質がわざわいして情けなく夫人をお思わせになるようなことも時々はまじるが若君がかわいく成長してくるのを御覧になっては、他の人から自分の子は生まれないかもしれぬと思召し、夫人を尊重あそばすようになり、隔てのない妻としてはだれよりもお愛しになるため、以前よりは少し物思いをすることの少ない日を中の君は送っていた。
 正月の元日の過ぎたあとで宮は二条の院へ来ておいでになって、歳《とし》の一つ加わった若君をそばへ置き愛しておいでになった。午《ひる》ごろであるが、小さい童女が緑の薄様《うすよう》の手紙の大きい形のと、小さい髭籠《ひげかご》を小松につけたのと、また別の立文《たてぶみ》の手紙とを持ち、むぞうさに走って来て夫人の前へそれを置いた。宮が、
「それはどこからよこしたのか」
 とお言いになった。
「宇治から大輔《たゆう》さんの所に差し上げたいと言ってまいりました使いが、うろうろとしているのを見たものですから、いつものように大輔さんがまた奥様へお目にかけるお手紙だろうと思いまして、私、受け取ってまいりました」
 せかせかと早口で申した。
「この籠は金の箔《はく》で塗った籠でございますね、松もほんとうのものらしくできた枝ですわ」
 うれしそうな顔で言うのを御覧になって、宮もお笑いになり、
「では私もどんなによくできているかを見よう」
 と言い、受け取ろうとあそばされたのを、夫人は困ったことと思い、
「手紙だけは大輔の所へ持ってお行き」
 こういう顔が少し赤くなっていたのを宮はお見とがめになり、大将がさりげなくして送って来た文《ふみ》なのであろうか、宇治と言わせて来たのもその人の考えつきそうなことであると、こんな想像をあそばして、手紙を童女から御自身の手へお取りになった。さすがにそれであったならどんなことになろう、夫人はどんなに恥じて苦しがるであろうとお思いになると躊躇《ちゅうちょ》もされるのであって、
「あけて私が読みますよ。恨みますか、あなたは」
 とお言いになると、
「そんなもの、女房どうしで書き合っています平凡な手紙などを御覧になってもおもしろくも何ともないでしょう」
 夫人は騒がぬふうであった。
「じゃあ見よう。女仲間の手紙にはどんなことが書かれてあるものだろう」
 とお言いになり、あけてお見になると、若々しい字で、
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その後お目にかかることもできませんままで年も暮れたのでございました。山里は寂しゅうございます。峰から靄《もや》の離れることもありませんで。
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 などとある奥に、
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これを若君に差し上げます。つまらぬものでございますが。
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 と書いてある。ことに貴女らしいふうも見えぬ手紙ではあるが、心当たりのおありにならぬために、また立文のほうを御覧になると、いかにも女房らしい字で、
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新年になりまして、そちら様はいかがでいらっしゃいますか。御主人様、また皆様がたにもお喜びの多い春かと存じ上げます。ここはごりっぱな風流なお邸《やしき》ですが、お若い方にふさわしい所とは思われません。つれづれな日ばかりをお送りになりますよりは、時々そちら様へお上がりになって、お気をお晴らしになるのがよろしいと存じ上げるのですが、あのめんどうなことの起こりました日のことで恐ろしいように懲りておいでになりまして、あいかわらずめいったふうでおいでになります。若君様へこちらから卯槌《うづち》を差し上げられます。そまつな品ですから奥様の御覧にならぬ時に差し上げてくださいと仰せになりました。
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 こまごまと、年の初めの縁起も忘れて、主人のことを哀訴している、かたくならしい心も見える手紙を、宮は何度となく読んで御覧になり、怪しく思召して、
「もう言ってもいいでしょう、だれの手紙ですか」
 と夫人へお言いになった。
「以前あの山荘にいました人の娘が、訳があってこのごろあそこにいるということを聞いていました。それでしょう」
 この答えをお聞きになった宮は、普通の二人の女房が同じ階級の者として一人のことの言われてある文章でもないし、めんどうが起こったと書いてあるのは、あの時のことをさして言うに違いないとお悟りになった。卯槌が美しい細工で作られ
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