を聞き出そうとあそばすのを女は苦しがって、
「私の申せませんことをなぜそんなにしつこくお訊《き》きになりますの」
 と恨みを言うのも若々しく見えた。そのうちわかることであろうと思召しながら、直接今この人に言わせて見たいお気持ちになっておいでになるのであった。
 夜になってから京へいったんお帰しになった時方《ときかた》が来て右近に面会した。
「中宮《ちゅうぐう》様からもお使いがまいっておりました。左大臣も機嫌《きげん》を悪くなさいまして、だれにもお行き先をお言いにならぬような微行をなさるのは軽率で、無礼者にどこでお逢いになるかもしれぬことになって、お上《かみ》の耳にはいれば自分の落ち度になるからとやかましくおっしゃいました。東山にえらい上人《しょうにん》があるという話をお聞きになって逢いにおいでになったのですと、私は披露《ひろう》しておきました」
 こう宮へ取り次がせることを述べたあとで、
「女の方は罪の深いものですね。私のようなきまじめな者さえその圏内へお引き入れになって作り事までお言わせになりますからね」
 と時方は右近へ言った。
「上人にしてお置きになったのはよろしゅうございましたわね、あなたの嘘《うそ》の罪もそれで消滅することになるでしょう。ほんとうに意外なことを意外な時に宮様はお思いつきになったものでございますわね。前からおいでになりたいという思召しを洩《も》らしてお置きくださいましたら、もったいない方でいらっしゃるのですもの、どうにかいい取り計らいようもありましたのに、御思案の足らない御行動でございましたわね」
 右近は礼儀としての好意を表して言った。そして居間のほうへ行き、聞いたとおりを宮へ申し上げた。中宮の御心配あそばされること、左大臣の言葉も道理にお思われになり、姫君へ、
「私は窮屈そのもののような身の上がわびしくてならない。軽い殿上役人級の地位にしばらく置いてほしい。これからどうすればいいのでしょう。このうるさいことをはばかって出て来ないでおられる私とは思われない。大将も聞けばどんなに感情を害することだろう。濃い親戚《しんせき》関係とはいうものの不思議なくらい少年時代から仲よくつきあってきた人に、こうした秘密が知れれば恥ずかしいことだろうと思う。それからまた男は身勝手で自己の不誠意は棚《たな》へ上げて女の変心したのを責めるものだというから、自身の愛の足りなかったことは反省せずに、あなたが恨まれることになりはしないかということまで心配されますよ。夢にも人に知られないようにして、ここでない所へあなたをつれて行ってしまおうと私は考えていますよ」
 とお言いになった。
 次の日もとどまっておいでになることはできなかったから、帰ろうとあそばすのであったが、魂は恋人の袖《そで》の中にとどめてお置きになるように見えた。せめて明るくならぬうちにとお供の人たちは咳《せき》払いをしてお促しするのであった。
 妻戸の所へ女をいっしょにつれておいでになって、さてそこから別れてお行きになることがおできにならない。
 
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世に知らず惑ふべきかな先に立つ涙も道をかきくらしつつ
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 女も限りなく別れを悲しんだ。

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涙をもほどなき袖《そで》にせきかねていかに別れをとどむべき身ぞ
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 風の音も荒くなっていた霜の深い暁に、衣服さえも冷やかな触感を与えるとお覚えになり、宮は馬へお乗りになったものの、何度となく引き返したくおなりになったのを、お供の人がしいて冷酷に心を持ちお馬を急がせてまた歩ませたために、お心でもなく山荘を後ろにあそばすことになった。時方ともう一人の五位が馬の口を取っていたのである。けわしい所を越えてから自身らも馬に乗った。宇治川の汀《みぎわ》の氷を踏み鳴らす馬の足音すらも宮のお心を悲しませた。昔もこの道だけで山踏みをした自分である、不思議な因縁の続く宇治の道ではないかと思召《おぼしめ》した。
 二条の院へお帰りになった兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は、恋人のありかについて夫人があくまでも沈黙を守り続けたのは同情のないことであったとお恨めしくお思われになる心から、御自身の居間のほうへおはいりになりお寝《やす》みになったが、お寝つきになれなかったし、お寂しくはあったし、お物思いがつのるばかりであるため、結局夫人の所へおいでになることになった。
 何も知らぬふうで中の君はきれいな顔をしていた。まれな美女であると御覧になった人よりもこれはまた一段まさった容姿であるとお認めになりながら、夫人の顔からよく似ていた恋人がお思い出されになった刹那《せつな》に胸のふさがれた気があそばすのであったから、深く物思いのある御様子で帳台へはいってお寝みになろうとし
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