なふうを作る薫に馴《な》れていた姫君は、しばらくでもいっしょにいることができねば死ぬであろうと激情をおおわずお見せになる宮を、熱愛するというのはこんなことを言うのであろうと思うのであったが、奇怪な運命を負った自分である、このあやまちが外へ知れた時、どんなふうに思われる自分であろうとまず第一に宮の夫人が不快に思うであろうことを悲しんでいる時、恋人が何人《なにびと》の娘であるのかおわかりにならぬ宮が、
「あなたがだれの子であるかを私の知らないことは返す返すも遺憾だ。ねえ、ありのままに言っておしまいなさいよ。悪い家であってもそんなことで私の愛が動揺するものでも何でもない。いよいよ愛するようになるでしょう」
とお言いになり、しいて訊《き》こうとあそばすのに対しては絶対に口をつぐんでいる姫君が、そのほかのことでは美しい口ぶりで愛嬌《あいきょう》のある返辞などもして、愛を受け入れたふうの見えるのを宮は限りなく可憐《かれん》にお思いになった。
九時ごろに石山行きの迎えの人たちが山荘へ着いた。車を二台持って来たのであって、例の東国の荒武者が、七、八人、多くの僕《しもべ》を従えていた。下品な様子でがやがやと話しながら門をはいって来たのを、女房らは片腹痛がり、見えぬ所へはいっているように言ってやりなどしていた。右近はどうすればいいことであろう、殿様が来ておいでになると言っても、あれほどの大官が京から離れていることはだれの耳にもはいっていることであろうからと思い、他の女房と相談することもせず手紙を常陸《ひたち》夫人へ書くのであった。
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昨夜からお穢《けが》れのことが起こりまして、お詣《まい》りがおできになれなくなりましたことで残念に思召《おぼしめ》すのでございましたが、その上昨晩は悪いお夢を御覧になりましたそうですから、せめて今日一日を謹慎日になさいませと申しあげましたのでお引きこもりになっておられます。返す返すお詣りのやまりましたことを私どもも残り惜しく思っております。何かの暗示でこれはあるいは実行あそばさないほうがよいのかとも存ぜられます。
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これが済んでから右近は常陸家の人々に食事をさせたりした。弁の尼のほうにもにわかに物忌《ものいみ》になって出かけぬということを言ってやった。
平生はつれづれで退屈で、かすんだ山ぎわの空ばかりをながめて時のたつのをもどかしがる姫君であるが、時のたち日の暮れていくのを真底からわびしがっておいでになる方のお気持ちが反映して、はかなく日の暮れてしまった気もした。ただ二人きりでおいでになって、春の一日の間見ても飽かぬ恋人を宮はながめてお暮らしになったのである。欠点と思われるところはどこにもない愛嬌《あいきょう》の多い美貌《びぼう》で女はあった。そうは言っても二条の院の女王には劣っているのである。まして派手《はで》な盛りの花のような六条の夫人に比べてよいほどの容貌ではないが、たぐいもない熱情で愛しておいでになるお心から、まだ過去にも現在にも見たことのないような美人であると宮は思召した。姫君はまた清楚《せいそ》な風采《ふうさい》の大将を良人《おっと》にして、これ以上の美男はこの世にないであろうと信じていたのが、どこもどこもきれいでおありになる宮は、その人にまさった美貌の方であると思うようになった。
硯《すずり》を引き寄せて宮は紙へ無駄《むだ》書きをいろいろとあそばし、上手《じょうず》な絵などを描《か》いてお見せになったりするため、若い心はそのほうへ多く傾いていきそうであった。
「逢いに来たくても私の来られない間はこれを見ていらっしゃいよ」
とお言いになり、美しい男と女のいっしょにいる絵をお描《か》きになって、
「いつもこうしていたい」
とお言いになると同時に涙をおこぼしになった。
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「長き世をたのめてもなほ悲しきはただ明日知らぬ命なりけり
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こんなにまであなたが恋しいことから前途が不安に思われてなりませんよ。意志のとおりの行動ができないで、どうして来ようかと苦心を重ねる間に死んでしまいそうな気がします。あの冷淡だったあなたをそのままにしておかずに、どうして捜し出して再会を遂げたのだろう、かえって苦しくなるばかりだったのに」
女は宮が墨をつけてお渡しになった筆で、
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心をば歎かざらまし命のみ定めなき世と思はましかば
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と書いた。自分の恋の変わることを恐れる心があるらしいと、宮はこれを御覧になっていよいよ可憐にお思われになった。
「どんな人の変わりやすかったのに懲りたのですか」
などとほほえんでお言いになり、薫《かおる》がいつからここへ伴って来たのかと、その時
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