だ、
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のちにまた逢ひ見んことを思はなんこのよの夢に心まどはで
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とだけ書いた。誦経の初めの鐘の音が川風に混じって聞こえてくるのをつくづくと聞いて浮舟は寝ていた。
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鐘の音《ね》の絶ゆる響きに音を添へてわが世尽きぬと君に伝へよ
[#ここで字下げ終わり]
これは寺から使いがもらって来た経巻へ書きつけた歌であるが、使いは朝になってから帰るというために木の枝へ結びつけて渡すようにしておいた。乳母《めのと》が、
「何だか胸騒ぎがしてならない。奥様も悪夢をたくさん見ると書いておよこしになったのだから、宿直《とのい》の人によく気をつけるように言いなさい」
と言っているのを、今夜脱出して川へ行こうとする浮舟は迷惑に思って聞いていた。
「お食事の進みませんのはどうしたことでしょう。お湯漬《ゆづ》けでもちょっと召し上がってごらんになりませんか」
などと世話をやくのを、利巧《りこう》ぶっても老人ふうになってしまったこの女は、自分が死んでしまえばどこへ行くであろうと、そんなことも想像して浮舟は悲しかった。もう寿命とは別にこの世から消えて行こうと思っているとほのめかして乳母に言おうとすると、まず自分自身が驚かされて涙の流れるのを隠そうとすれば、それでものが言えなかった。右近が近くへ来て、寝仕度《ねじたく》をしながら、
「あんまり物思いをあそばすと、物思いする魂は身体《からだ》を離れてしまいますから、奥様へも悪い夢になって現われるのでございましょう。どちらか一方へお心をお集めになって、どうにでも成り行きにおまかせなさいませ」
と歎息もしつつ告げた。
柔らかい着物を顔に押し当てるようにして浮舟の姫君は寝たそうである。
底本:「全訳源氏物語 下巻」角川文庫、角川書店
1972(昭和47)年2月25日改版初版発行
1995(平成7)年5月30日40版発行
※「宇治橋の長き契りは朽ちせじをあやぶむ方に心騒ぐな」の歌の前には、底本ではカギ括弧が二つありましたが、一つにしました。
※「薫《かおる》からまたも手紙の使いが来た。病気と聞いて今日はどうかと尋ねて来たのである。」は底本では、2字下げになっていますが、地の文と判断し、字下げ処理は入れませんでした。
※「自身で行きたいのですが、いろいろな用が多
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