を誘う力があった。宇治の橋姫を言っているではないかと、さっきから転寝《うたたね》をしておいでになった宮のお心は騒いだ。深く愛していないことはないらしい、橋姫の一人臥《ひとりね》の袖《そで》を自分だけの思いやるものとしていたが、同じ思いを運ぶ人もあるのかと身に沁《し》んでお思いになった。わびしいことである、これほどりっぱな男を持っている女が、自分のほうへ多く好意をもってくれようとは信じられないと、ねたましくもまた思召《おぼしめ》された。
雪が高く積もったこの翌朝、御前へ創作の詩を御持参になる宮のお姿は、今が美しい真盛りの方と見えた。右大将も同じ年ごろであった。二つ三つ上ではないかと思われるところにまた完《まった》いような美があって、わざと作り出した若い貴人の手本かとも思われる。帝《みかど》の御婿としてこれほどふさわしい人はないと世人も大将のことを言っていた。学才も高く、政治家としての素養に欠けたところもない人であった。
各人の詩がどれも講じられ参会者は皆退散した。兵部卿の宮の詩が、ことに傑作であったと人々の賞讃《しょうさん》するのも宮にはうれしいことともお思われにならない。詩作などがどんな気でできたのであろうとぼんやりしておいでになるのである。薫に宇治の人を思うふうの見えたことで驚かされたようにも思っておいでになるのであったから、無理な策をあそばして宇治へお出かけになることになった。
京の中ではあとから来る仲間を待っているほどに消え残った雪も、山路に深くおはいりになるにしたがって厚く積もっているのに気がおつきになった。平生以上に見わけがたい細路をおいでになるのであったから、供の人たちも泣き出さんばかりに恐ろしがっていて、山賊の出ることなどをあやぶんでいた。案内役の内記は式部|少輔《しょうゆう》を兼任する官吏であった。二つとも隆《りゅう》とした文事の役であるのが、しなれたように袴《はかま》を高くくくり上げたりしてお付きして行くのもおかしかった。
山荘では宮のほうから出向くからというおしらせを受けていたが、こうした深い雪にそれは御実行あそばせないことと思って気を許していると、夜がふけてから、右近を呼び出して従者が宮のおいでになったことを伝えた。うれしいお志であると姫君は感激を覚えていた。右近はこんなことが続出して、行く末はどうおなりになるかと姫君のために苦しくも思
前へ
次へ
全51ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング