の足りなかったことは反省せずに、あなたが恨まれることになりはしないかということまで心配されますよ。夢にも人に知られないようにして、ここでない所へあなたをつれて行ってしまおうと私は考えていますよ」
とお言いになった。
次の日もとどまっておいでになることはできなかったから、帰ろうとあそばすのであったが、魂は恋人の袖《そで》の中にとどめてお置きになるように見えた。せめて明るくならぬうちにとお供の人たちは咳《せき》払いをしてお促しするのであった。
妻戸の所へ女をいっしょにつれておいでになって、さてそこから別れてお行きになることがおできにならない。
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世に知らず惑ふべきかな先に立つ涙も道をかきくらしつつ
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女も限りなく別れを悲しんだ。
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涙をもほどなき袖《そで》にせきかねていかに別れをとどむべき身ぞ
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風の音も荒くなっていた霜の深い暁に、衣服さえも冷やかな触感を与えるとお覚えになり、宮は馬へお乗りになったものの、何度となく引き返したくおなりになったのを、お供の人がしいて冷酷に心を持ちお馬を急がせてまた歩ませたために、お心でもなく山荘を後ろにあそばすことになった。時方ともう一人の五位が馬の口を取っていたのである。けわしい所を越えてから自身らも馬に乗った。宇治川の汀《みぎわ》の氷を踏み鳴らす馬の足音すらも宮のお心を悲しませた。昔もこの道だけで山踏みをした自分である、不思議な因縁の続く宇治の道ではないかと思召《おぼしめ》した。
二条の院へお帰りになった兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は、恋人のありかについて夫人があくまでも沈黙を守り続けたのは同情のないことであったとお恨めしくお思われになる心から、御自身の居間のほうへおはいりになりお寝《やす》みになったが、お寝つきになれなかったし、お寂しくはあったし、お物思いがつのるばかりであるため、結局夫人の所へおいでになることになった。
何も知らぬふうで中の君はきれいな顔をしていた。まれな美女であると御覧になった人よりもこれはまた一段まさった容姿であるとお認めになりながら、夫人の顔からよく似ていた恋人がお思い出されになった刹那《せつな》に胸のふさがれた気があそばすのであったから、深く物思いのある御様子で帳台へはいってお寝みになろうとし
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