宮に琵琶の役を仰せつけに[#「仰せつけに」は底本では「仰けつけに」]なった。笛の右大将はこの日比類もなく妙音を吹き立てた。殿上役人の中にも唱歌の役にふさわしい人は呼び出され、おもしろい合奏の夜になった。御前へ女二《にょに》の宮《みや》のほうから粉熟《ふずく》が奉られた。沈《じん》の木の折敷《おしき》が四つ、紫檀《したん》の高坏《たかつき》、藤色の村濃《むらご》の打敷《うちしき》には同じ花の折り枝が刺繍《ぬい》で出してあった。銀の陽器《ようき》、瑠璃《るり》の杯《さかずき》瓶子《へいし》は紺瑠璃《こんるり》であった。兵衛督が御前の給仕をした。お杯を奉る時に、大臣は自分がたびたび出るのはよろしくないし、その役にしかるべき宮がたもおいでにならぬからと言い、右大将にこの晴れの役を譲った。薫は遠慮をして辞退をしていたが、帝もその御希望がおありになるようであったから、お杯をささげて「おし[#「おし」に傍点]」という声の出し方、身のとりなしなども、御前ではだれもする役であるが比べるものもないりっぱさに見えるのも、今日は婿君としての思いなしが添うからであるかもしれぬ。返しのお杯を賜わって、階下へ下り舞踏の礼をした姿などは輝くようであった。皇子がた、大臣などがお杯を賜わるのさえきわめて光栄なことであるのに、これはまして御婿として御歓待あそばす御心《みこころ》がおありになる場合であったから、幸福そのもののような形に見えたが、階級は定まったことであったから、大臣、按察使《あぜち》大納言の下《しも》の座に帰って来て着いた時は心苦しくさえ見えた。按察使大納言は自分こそこの光栄に浴そうとした者ではないか、うらやましいことであると心で思っていた。昔この宮の母君の女御《にょご》に恋をしていて、その人が後宮にはいってからも始終忘られぬ消息を送っていたのであって、しまいにはまたお生みした姫宮を得たい心を起こすようになり、宮の御後見役代わりの御良人《ごりょうじん》になることを人づてにお望み申し上げたつもりであったのが、その人はむだなことを知って奏上もしなかったのであったから、按察使は残念に思い、右大将は天才に生まれて来ているとしても、現在の帝がこうした婿かしずきをあそばすべきでない、禁廷の中のお居間に近い殿舎で一臣下が新婚の夢を結び、果ては宴会とか何とか派手《はで》なことをあそばすなどとは意を得ないなどとお譏《そし》り申し上げてはいたが、さすがに藤花の御宴に心が惹《ひ》かれて参列していて、心の中では腹をたてていた。燭を手にして歌を文台の所へ置きに来る人は皆得意顔に見えたが、こんな場合の歌は型にはまった古くさいものが多いに違いないのであるから、わざわざ調べて書こうと筆者はしなかった。上流の人とても佳作が成るわけではないが、しるしだけに一、二を聞いて書いておく。次のは右大将が庭へ下《お》りて藤《ふじ》の花を折って来た時に、帝へ申し上げた歌だそうである。

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すべらぎのかざしに折ると藤の花及ばぬ枝に袖かけてけり
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 したり顔なのに少々反感が起こるではないか。

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よろづ代をかけてにほはん花なれば今日《けふ》をも飽かぬ色とこそ見れ
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 これは御製である。まただれかの作、

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君がため折れるかざしは紫の雲に劣らぬ花のけしきか
世の常の色とも見えず雲井まで立ちのぼりける藤波の花
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 あとのは腹をたてていた大納言の歌らしく思われる。どの歌にも筆者の聞きそこねがあってまちがったところがあるかもしれない。だいたいこんなふうの歌で、感激させられるところの少ないもののようであった。
 夜がふけるにしたがって音楽は佳境にはいっていった。薫が「あなたふと」を歌った声が限りもなくよかった。按察使も昔はすぐれた声を持った人であったから、今もりっぱに合わせて歌った。左大臣の七男が童《わらわ》の姿で笙《しょう》の笛を吹いたのが珍しくおもしろかったので帝から御衣を賜わった。大臣は階下で舞踏の礼をした。もう夜明け近くなってから帝は常の御殿へお帰りになった。纏頭《てんとう》は高級官人と皇子がたへは帝から、殿上役人と楽人たちへは姫宮のほうから品々に等差をつけてお出しになった。
 その翌晩薫は姫宮を自邸へお迎えして行ったのであった。儀式は派手《はで》なものであった。女官たちはほとんど皆お送りに来た。庇《ひさし》の御車に宮は召され、庇のない糸毛車《いとげのくるま》が三つ、黄金《こがね》作りの檳榔毛車《びろうげのくるま》が六つ、ただの檳榔毛車が二十、網代《あじろ》車が二つお供をした。女房三十人、童女と下仕えが八人ずつ侍していたのであるが、また大将家からも儀装車十二に自邸
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