沈《じん》の木、紫檀《したん》、銀、黄金などのすぐれた工匠を多く家に置いている人であったから、その人々はわれ劣らじと製作に励んでいた。
 薫はまた宮のおいでにならぬひまに二条の院の夫人を訪れた。思いなしか重々しさと高貴さが添ったように中の君を薫は思った。もう薫は結婚もしたのであるから、自分の迷惑になるような気持ちは皆紛れてしまっているであろうと安心して夫人は出て来たのであったが、やはり同じように寂しい表情をし、涙ぐんでいて、
「自分の意志でない結婚をした苦痛というものはまた予想外に堪えられないものだとわかりまして、煩悶《はんもん》ばかりが多くなりました」
 と、新婦の宮に同情の欠けたようなことを薫《かおる》は言って夫人に訴えた。
「とんだことをおっしゃいます。そういうことをいつの間にか人が聞くようになってはたいへんですよ」
 こう中の君は言いながらも、だれが見ても光栄の人になっていて、それにも慰められずまだ故人が忘れられないように言うこの人の愛の純粋さをうれしく思っていた。姉君が生きていたらとも思うのであったが、しかしそれも自分と同じように勝ち味のない競争者を持って薄運を歎くにとどまることになったであろう、富のない自分らは世の中から何につけても尊重されていくものではないらしいとまた思うことによって姉君がどこまでも情に負けず結婚はせまいとした心持ちのえらさが思われた。
 薫が若君をぜひ見せてほしいと言っているのを聞いて、恥ずかしくは思いながら、この人に隔て心を持つようには取られたくない、無理な恋を受け入れぬと恨まれる以外のことで、この人の感情は害したくないと中の君は思い、自身では何とも返辞をせずに、乳母《めのと》に抱かせた若君を御簾《みす》の外へ出して見せさせた。いうまでもなく醜い子であるはずはない。驚くほど色が白く、美しくて、高い声を立てて笑《え》んでみせる若君を見て薫は、これが自分の子であったならと思い、うらやましい気のしたというのは、この人の心も人間生活に離れにくくなったのであろうか。しかしこの人は、死んだ恋人が普通に自分の妻になっていて、こうした人を形見に残しておいてくれたならばと思うのであって、自身が名誉な結婚をしたと見られている女二の宮から早く生まれる子があればよいなどとは夢にも考えないというのはあまりにも変わった人である。こんなふうに死んで取り返しようのない人にばかり未練を持ち、新しい妻の内親王に愛情を持たないことなどはあまり書くのがお気の毒である。こんな変人を帝が特にお愛しになって、婿にまではあそばされるはずはないのである。公人としての才能が完全なものであったのであろうと見ておくよりしかたがない。
 これほどの幼い人をはばからず見せてくれた夫人の好意もうれしくて、平生以上にこまやかに話をしているうちに日が暮れたため、他で夜の刻をふかしてはならぬ境遇になったことも苦しく思い、薫は歎息を洩《も》らしながら帰って行った。
「なんというよいにおいでしょう。『折りつれば袖《そで》こそにほへ梅の花』というように、鶯《うぐいす》もかぎつけて来るかもしれませんね」
 などと騒いでいる女房もあった。
 夏になると御所から三条の宮は方角|塞《ふさ》がりになるために、四月の朔日《ついたち》の、まだ春と夏の節分の来ない間に女二の宮を薫は自邸へお迎えすることにした。
 その前日に帝は藤壺《ふじつぼ》へおいでになって、藤花《とうか》の宴をあそばされた。南の庇《ひさし》の間の御簾《みす》を上げて御座の椅子《いす》が立てられてあった。これは帝のお催しで宮が御主催になったのではない。高級役人や殿上人の饗膳《きょうぜん》などは内蔵寮《くらりょう》から供えられた。左大臣、按察使《あぜち》大納言、藤《とう》中納言、左兵衛督《さひょうえのかみ》などがまいって、皇子がたでは兵部卿《ひょうぶきょう》の宮、常陸《ひたち》の宮などが侍された。南の庭の藤の花の下に殿上人の席ができてあった。後涼殿の東に楽人たちが召されてあって、日の暮れごろから双調を吹き出し、お座敷の上では姫宮のほうから御遊の楽器が出され、大臣を初めとして人々がそれを御前へ運んだ。六条院が自筆でおしたためになり、三条の尼宮へお与えになった琴の譜二巻を五葉の枝につけて左大臣は持って出、由来を御|披露《ひろう》して奉った。次々に十三|絃《げん》、琵琶《びわ》、和琴《わごん》の名楽器が取り出された。朱雀《すざく》院から伝わった物で薫の所有するものである。笛は柏木《かしわぎ》の大納言が夢に出て伝える人を夕霧へ暗示した形見のもので、非常によい音《ね》の出るものであると六条院がお愛しになったものを、右大将へ贈るのはこの美しい機会以外にないと思い、薫のためにこの人が用意してきたのであるらしい。大臣に和琴、兵部卿の
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