の女房を載せて迎えに出した。お送りの高級役人、殿上人、六位の蔵人《くろうど》などに皆|華奢《かしゃ》な服装をさせておありになった。
 こうしてお迎えした女二の宮を、薫は妻として心安く観察するようになったが、宮はお美しかった。小柄で上品に落ち着いて、どこという欠点もお持ちにならないのを知って、自分の宿命というものも悪くはないようであると喜んだとはいうものの、それで過去の悲しい恋の傷がいやされたのでは少しもなかった。今もどんな時にも紛れる方もなく昔ばかりが恋しく思われる薫であったから、自分としては生きているうちにそれに対する慰めは得られないに違いない、仏になってはじめて、恨めしい因縁は何の報いであるということが判然することにより忘られることにもなろうと思い、寺の建築のことにばかり心が行くのであった。
 賀茂《かも》の祭りなどがあって、世間の騒がしいころも過ぎた二十幾日に薫はまた宇治へ行った。建造中の御堂を見て、これからすべきことを命じてから、古山荘を訪《たず》ねずに行くのは心残りに思われて、そのほうへ車をやっている時、女車で、あまりたいそうなのではないが一つ、荒々しい東国男の腰に武器を携えた侍がおおぜい付き、下僕の数もおおぜいで、不安のなさそうな旅の一行が橋を渡って来るのが見えた。田舎《いなか》風な連中であると見ながら下《お》りて、大将は山荘の内にはいり、前駆の者などがまだ門の所で騒がしくしている時に見ると、宇治橋を来た一行もこの山荘をさして来るものらしかった。随身《ずいじん》たちががやがやというのを薫《かおる》は制して、だれかとあとから来る一行を尋ねさせてみると、妙ななまり声で、
「前|常陸守《ひたちのかみ》様のお嬢様が初瀬《はせ》のお寺へお詣《まい》りになっての帰りです。行く時もここへお泊まりになったのです」
 と答えたのを聞いて、薫はそれであった、話に聞いた人であったと思い出して、従者たちは見えない所へ隠すようにして入れ、
「早くお車を入れなさい。もう一人ここへ客に来ている人はありますが、心安い方で隠れたお座敷のほうにおられますから」
 とあとの人々へ言わせた。薫の供の人々も皆|狩衣《かりぎぬ》姿などで目にたたぬようにはしているが、やはり貴族に使われている人と見えるのか、はばかって皆馬などを後ろへ退《すさ》らせてかしこまっていた。
 車は入れて廊の西の端へ着けた。改造後の寝殿はまだできたばかりで御簾《みす》も皆は掛けてない。格子が皆おろしてある中の二間の間の襖子《からかみ》の穴から薫はのぞいていた。堅い上着が音をたてるのでそれは脱いで、直衣《のうし》と指貫《さしぬき》だけの姿になっていた。車の人はすぐにもおりて来ない、弁の尼の所へ人をやって、りっぱな客の来ていられる様子であるがどなたかというようなことを聞いているらしい。薫は車の主を問わせた時から山荘の人々に、自分が来ているとは決して言うなと口どめをまずしておいたので皆心得ていて、
「早くお降りなさいまし。お客様はおいでになりますが別のお座敷においでになります」
 と言わせた。
 若い女房が一人車からおりて主人のために簾《すだれ》を掲げていた。警固の物々しい騎士たちに比べてこの女房は物馴《ものな》れた都風をしていた。年の行った女房がもう一人降りて来て、
「お早く」
 と言う。
「何だか晴れがましい気がして」
 と言う声はほのかであったが品よく聞こえた。
「またそれをおっしゃいます。こちらはこの前もお座敷が皆しまっていたではございませんか。あすこに人が見ねばどこに見る人がございましょう」
 と女房はわかったふうなことを言う。恥ずかしそうにおりて来る人を見ると、その頭の形、全体のほっそりとした姿は薫に昔の人を思い出させるものであろうと思われた。扇をいっぱいに拡《ひろ》げて隠していて顔の見られないために薫は胸騒ぎを覚えた。車の床は高く、降りる所は低いのであったが、二人の女房はやすやすと出て来たにもかかわらず、苦しそうに下をながめて長くかかっておりた人は家の中へいざり入った。紅紫の袿《うちぎ》に撫子《なでしこ》色らしい細長を着、淡緑《うすみどり》の小袿を着ていた。向こうの室は薫ののぞく襖子《からかみ》の向こうに四尺の几帳《きちょう》は立てられてあるが、それよりも穴のほうが高い所にあるためすべてがこちらから見えるのである。この隣室をまだ令嬢は気がかりに思うふうで、あちら向きになって身を横たえていた。
「ほんとうにお気の毒でございました。泉河《いずみがわ》の渡しも今日は恐ろしゅうございましたね。二月の時には水が少なかったせいかよろしかったのでございます」
「なあに、あなた、東国の道中を思えばこわい所などこの辺にはあるものですか」
 実際女房は二人とも苦しい気もなくこんなことを言い合ってい
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