ずしにならずに、古くなった直衣《のうし》を上に着ておいでになる御様子も貴人らしかった。大姫君が硯《すずり》を静かに自身のほうへ引き寄せて、手習いのように硯石の上へ字を書いているのを、宮は御覧になって、
「これにお書きなさい。硯へ字を書くものでありませんよ」
と、紙をお渡しになると、女王は恥ずかしそうに書く。
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いかでかく巣立ちけるぞと思ふにもうき水鳥の契りをぞ知る
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よい歌ではないがその時は身に沁《し》んで思われた。未来のあるいい字ではあるがまだよく続けては書けないのである。
「若君もお書きなさい」
とお言いになると、これはもう少し幼い字で、長くかかって書いた。
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泣く泣くも羽うち被《き》する君なくばわれぞ巣|守《も》りになるべかりける
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もう着ふるした衣服を着ていて、この場に女房たちの侍しているのもない、可憐《かれん》な美しい姉妹《きょうだい》を寂しい家の中に御覧になる父宮が心苦しく思召さないわけもない。経巻を片手にお持ちになって御覧になり、宮は琴に合わせて歌をうたっておいでに
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