家の先刻の侍に、
「宮様のお留守にあやにく伺ったのですが、あなたの好意で私は屈託を少し忘れることもできましたよ。私の伺ったことをお奥へ申し上げてください。山路《やまみち》の夜霧に濡《ぬ》れながら伺った奇特さを認めていただくつもりです」
 と薫が言うと、侍はすぐに奥へ行った。薫が隙見をしたことなどは知らずに、弾《ひ》いて遊んでいた琵琶や琴の音をあるいは聞かれたかもしれぬということで姫君たちは恥ずかしく思った。よい香の混じった風の吹き通ったことも確かな事実であったが、思いがけぬ時刻であったために、薫中将の来訪とは気のつかなかったのは、何たる神経の鈍いことであったろうと二女王は羞恥《しゅうち》に堪えられなく思うのであった。取り次ぎ役の侍の気のきかぬことがもどかしくなって、薫は無遠慮にあたるかもしれぬが、山荘住まいの現在の女王がたはとがめもされまいと思い、まだ霧の深い時間であったから、さっきのぞいたほうの座敷の縁へ歩いて行き、御簾《みす》の前へすわったのであった。田舎《いなか》風の染《し》んだ若い女房などは客と応答する言葉もわからず、敷き物を出すことすら不馴《ふな》れであった。
「このお座敷の
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