》院が晩年に六条院へお託しになった姫宮の例をお思いになって、その姫君たちを得たい、つれづれをあるいは慰められるかもしれないと思召すのである。年の若い薫中将はかえって姫君たちの話に好奇心などは動かされずに、八の宮の悟り澄ましておいでになる御心境ばかりが羨望《せんぼう》されて、お目にかかりたいと深く思うのであった。
阿闍梨が帰って行く時にも、
「必ず宇治へ伺わせていただいて、宮のお教えを受けようと私は思いますから、あなたからまず内々思召しを伺っておいてください」
と薫は頼んだ。院の帝はお言葉で、
「寂しいお住居《すまい》の御様子を人づてで聞くことができました」
とも宮へお伝えさせになった。また、
[#ここから2字下げ]
世をいとふ心は山に通へども八重立つ雲を君や隔つる
[#ここで字下げ終わり]
という御歌もお託しになった。
阿闍梨は八の宮をお喜ばせするこのお役の誇りを先立てて山荘へまいった。普通の人から立てられる使いもまれな山蔭《やまかげ》へ、院のお便《たよ》りを持って阿闍梨が来たのであったから、宮は非常にうれしく思召して山里らしい酒肴《しゅこう》もお出しになっておねぎらいになった。お返事、
[#ここから2字下げ]
跡たえて心すむとはなけれども世を宇治山に宿をこそ借れ
[#ここで字下げ終わり]
宗教のことは卑下してお言いにならず、寂しい人間としての御近況をお報じになったために、院は宮がまだ不平をこの世に持っておいでになるものとして御同情をあそばされた。
阿闍梨は薫中将が宗教的な人物であることなどをお話しして、
「仏道の学問を深くしたい望みを少年時代から持っているのでございますが、専念にそのほうを勉強いたしますことは、私ごとき頭脳のよろしくないものが、優越者か何かのようにこの世を見下すまちがった態度のように思われますのを、それ自体がまちがったことでしょうが、恐れておりまして、目だたせずしようといたしますために、怠ることにもなり、ほかのことに紛れるようになりいたしまして今日までまいったのですが、けっこうな御境地に達しておられますあなた様のことを承ったものですから、ぜひお教えを得たいと望まれてなりませんなどと丁寧なお言づてを受けてまいりました」
などと語った。宮は、
「人生をかりそめと悟り、いとわしく思う心の起り始めるのも、その人自身に不幸のあった時とか、社会から冷遇されたとか、そんな動機によることですが、年がまだ若くて、思うことが何によらずできる身の上で、不満足などこの世になさそうな人が、そんなにまた後世のことを念頭に置いて研究して行こうとされるのは珍しいことですね。私などはどうした宿命だったのでしょうか、これでもこの世がいやにならぬか、これでも濁世《じょくせ》を離れる気にならぬかと、仏がおためしになるような不幸を幾つも見たあとで、ようやく仏教の精神がわかってきたが、わかった時にはもう修行をする命が少なくなっていて、道の深奥を究《きわ》めることは不可能とあきらめているのだから、年だけは若くても私の及ばない法《のり》の友かと思われる」
とお言いになって、その後双方から手紙の書きかわされることになり、薫中将が自身でお訪《たず》ねして行くようになった。
阿闍梨から話に聞いて想像したよりも目に見ては寂しい八の宮の山荘であった。仮の庵《いおり》という体裁で簡単にできているのである。山荘といっても風流な趣を尽くした贅沢《ぜいたく》なものもあるが、ここは荒い水音、波の響きの強さに、思っていることも心から消される気もされて、夜などは夢を見るだけの睡眠が続けられそうもない。素朴《そぼく》といえば素朴、すごいといえばすごい山荘である。僧のごとく悟っておいでになる宮のためにはこんな家においでになることは、人生を捨てやすくなることであろうが姫君たちはどんな気持ちで暮らしておいでになるであろう、世間の女に見るような柔らかな感じなどは失っておいでになるであろうとこんな観察も薫はされるのであった。
仏間になっている所とは襖子《からかみ》一重隔てた座敷に女王たちは住んでいるらしく思われた。異性に興味を持つ男であれば、交際をし始めて、どんな性質の人たちかとまず試みたいという気は起こすことであろうと思われる空気も山荘にはあった。しかしそうした異性に心の動かされぬ人たるべく遠くに師とする方を尋ねて来ながら、普通の男らしく山荘の若い女性に誘惑を試みる言行があってはならないと薫は思い返して、宮のお気の毒な御生活を懇切に御補助することを心がけることにして、たびたび伺っては、かねて願ったように俗体で深く信仰の道にはいるその方法とか、あるいは経文の解釈とかを宮から伺おうとした。学問的ばかりでなく、柔らかに比喩《ひゆ》をお用いになったりなどして、宮が説明
前へ
次へ
全13ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング