まして、盛りの御時代は過ぎたように、ちょっと考えては思うでしょうが、たぐいもない御|美貌《びぼう》でいらっしゃるのですから、まだお若々しくて、りっぱに育った娘があれば、差し上げたいという気に私もなるのですが、すぐれた後宮がおありになるのですから、その中へはいらせてよいような娘は私になくて、いつも残念に思われるのです。いったい女一《にょいち》の宮《みや》の女御は同意されているのですか。これまでもよく人がそちらへの御遠慮から院参を断念したりするのでしたが」
 と大臣は質《ただ》した。
「女御さんから、つれづれで退屈な時間もあなたに代わってその人の世話をしてあげることで紛らしたいなどとお勧めになるものですから、私も院参を問題として考えるようになったのでございます」
 と尚侍は言っていた。あとからも来た高官たちはここでいっしょになって三条の宮へ参賀をするのであった。朱雀《すざく》院の御恩顧を受けた人たちとか、六条院に近づいていた人たちとかは今も入道の宮へ時おりの敬意を表しにまいることを怠らないのであった。この家の左近中将、右中弁、侍従なども大臣の供をして出て行った。大臣の率いて行く人数にも勢力の強大さが思われた。
 夕方になって源侍従の薫《かおる》がこの家へ来た。昼間|玉鬘《たまかずら》夫人の前へ現われたこの人よりもやや年長の公達《きんだち》も、それぞれの特色が備わっていて悪いところもなく皆きれいであったが、あとに来たこの人にはそれらを越えた美があって、だれの目も引きつけられるのであった。美しい物好きな若い女房たちなどは、
「やっぱり違っておいでになる」
 などと言った。
「こちらのお姫様にはこの方を並べてみないでは」
 こんなことを聞きにくいまでに言ってほめる。そう騒がれるのにたるほどの優雅な挙止を源侍従は見せていて、身から放つ香も清かった。貴族の姫君といわれるような人でも頭のよい人はこの人をすぐれた人と言うのはもっともなことだとくらい認めるかと思われた。尚侍は念誦堂《ねんずどう》にいたのであったが、
「こちらへ」
 と言わせるので、東の階《きざはし》から上がって、妻戸の口の御簾《みす》の前へ薫はすわった。前になった庭の若木の梅が、まだ開かぬ蕾《つぼみ》を並べていて、鶯《うぐいす》の初声《はつね》もととのわぬ背景を負ったこの人は、恋愛に関した戯れでも言わせたいような美しい男であったから、女房たちはいろいろな話をしかけるのであるが、静かに言葉少なな応対だけより侍従がしないのをくやしがって、宰相の君という高級の女房が歌を詠《よ》みかけた。

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折りて見ばいとど匂《にほ》ひもまさるやと少し色めけ梅の初花
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 速く歌のできたことを薫は感心しながら、

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「よそにては※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]木《もぎき》なりとや定むらん下に匂へる梅の初花
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 疑わしくお思いになるなら袖《そで》を触れてごらんなさい」
 などと言っていると、また女房は、
「真実《ほんとう》は色よりも香」
 口々にこんなことを言って、引き揺らんばかりに騒いでいるのを、奥のほうからいざって出た玉鬘夫人が見て、
「困った人、あなたたちは。きまじめな人をつかまえて恥ずかしい気もしないのかね」
 とそっと言っていた。きまじめな人にしてしまわれた、あわれむべき名だと源侍従は思った。この家の侍従はまだ殿上の勤めもしていないので、参賀する所も少なくて早く家に帰って来てここへ出て来た。浅香《せんこう》の木の折敷《おしき》二つに菓子と杯を載せて御簾《みす》から出された。
「右大臣はお年がゆけばゆくほど院によくお似ましになるが、侍従はお似になったところはお顔にないが、様子にしめやかな艶《えん》なところがあって、院のお若盛りがそうでおありになったであろうと想像されます」
 などと薫の帰ったあとで尚侍は言って、昔をなつかしくばかり追想していた。あたりに残ったかんばしい香までも女房たちはほめ合っていた。
 源侍従はきまじめ男と言われたことを残念がって、二十日過ぎの梅の盛りになったころ、恋愛を解しない、一味の欠けた人のように言われる不名誉を清算させようと思って、藤《とう》侍従を訪問に行った。中門をはいって行くと、そこには自身と同じ直衣《のうし》姿の人が立っていた。隠れようとその人がするのを引きとめて見ると蔵人《くろうど》少将であった。寝殿の西座敷のほうで琵琶《びわ》と十三|絃《げん》の音がするために、夢中になって立ち聞きをしていたらしい。苦しそうだ、人が至当と認めぬ望みを持つことは仏の道から言っても罪作りなことになるであろうと薫は思った。琴の音がやんだので、
「さあ案内をしてください。私にはよ
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