きる方でも、右大臣はあまりにごりっぱな御身分で、何かの機会でもなければお逢《あ》いすることもできないのだから」
と言っていて、尚侍は源侍従を弟と思って親しみを持っているのであったから、その人も近い親戚《しんせき》の家としてここへ出てくるのである。若い人に共通した浮わついたことも言わず、落ち着いたふうを見せていることで、二人の姫君付きの女房は皆物足らぬように思って、いどみかかるふうな冗談《じょうだん》もよく言いかけるのだった。
正月の元日に尚侍《ないしのかみ》の弟の大納言、子供の時に父といっしょに来て、二条の院で高砂《たかさご》を歌った人であるその人、藤《とう》中納言、これは真木柱《まきばしら》の君と同じ母から生まれた関白の長子、などが賀を述べに来た。右大臣も子息を六人ともつれて出てきた。容貌を初めとしてまた並ぶ人なきりっぱな大官と見えた。子息たちもそれぞれきれいで、年齢の割合からいって、皆官位が進んでいた。物思いなどは少しも知らずにいるであろうと見えた。いつものように蔵人少将はことに秘蔵|息子《むすこ》らしくその中でも見えたが、気の浮かぬふうが見え、恋をしている男らしく思われた。
大臣は几帳《きちょう》だけを隔てにして、尚侍と昔に変わらぬふうで語るのであった。
「用のない時にも伺わなければならないのを、失礼ばかりしています。年がいってしまいまして、御所へまいる以外の外出がもういっさいおっくうに思われるものですから、昔の話を伺いたい気持ちになります時も、そのままに済ませてしまうようになるのを遺憾に思います。若い息子たちは何の御用にでもお使いください。誠意を認めていただくようにするがいいと教えております」
「もうこの家などはだれの念頭にも置いていただけないものになっておりますのに、お忘れになりませんで御親切にお訪《たず》ねくださいましたのをうれしく存じますにつけましても、院の御厚志が私を今になっても幸福にしてくださるのだとかたじけなく思うのでございます」
尚侍はこんなことを言ったついでに、冷泉院からあった仰せについて大臣へ相談をかけた。
「しかとした後援者を持ちませんものが、そうした所へ出てまいっては、かえって苦しみますばかりかとも思われますが」
「宮中からもお話があるということですが、どちらへおきめになっていいことでしょうね。院は御位《みくらい》をお去りになり
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