蛍《ほたる》が多く飛びかうのにも、「夕殿《せきでん》に蛍飛んで思ひ悄然《せうぜん》」などと、お口に上る詩も楊妃《ようひ》に別れた玄宗の悲しみをいうものであった。
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夜を知る蛍を見ても悲しきは時ぞともなき思ひなりけり
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七月七日も例年に変わった七夕《たなばた》で、音楽の遊びも行なわれずに、寂しい退屈さをただお感じになる日になった。星合いの空をながめに出る女房もなかった。
未明に一人|臥《ぶ》しの床をお離れになって妻戸をお押しあけになると、前庭の草木の露の一面に光っているのが、渡殿《わたどの》のほうの入り口越しに見えた。縁の外へお出になって、
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七夕の逢《あ》ふ瀬は雲のよそに見て別れの庭の露ぞ置き添ふ
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こう口ずさんでおいでになった。
秋風らしい風の吹き始めるころからは法事の仕度《したく》のために、院のお悲しみも少し紛れていた。あれから一年たったかとお思いになると呆然《ぼうぜん》ともおなりになるのである。命日である十四日には上から下まで六条院の中の人々は精進潔斎して、曼陀羅《まん
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