を院はおながめになった。夕霧は、

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郭公《ほととぎす》君につてなん古さとの花|橘《たちばな》は今盛りぞと
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 と歌った。この時に女房たちもそれぞれ歌を詠《よ》んだのであるがここには省いておく。
 大将はそのまま宿直《とのい》することにした。御独居生活の心苦しさに時々夕霧はこうしておそばで泊まってゆくのであるが、紫の女王のいたころにはたやすく近い所へも寄ることを院はお許しにならなかった帳台のかたわらに寝ることによっても、大将は昔が今にならぬことを悲しんだ。
 暑いころに涼しい水亭《すいてい》に出て院がながめておいでになる池には、蓮《はす》の花が盛りに咲いていた。恋しい人への追懐のためにこの花の前にもうつろな気持ちを覚えておいでになるうちに、日も暮れに近くなった。はなやかに蜩《ひぐらし》の鳴く声を聞きながら、撫子《なでしこ》が夕映《ゆうば》えの空の美しい光を受けている庭もただ一人見ておいでになることは味気ないことでおありになった。

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つれづれとわが泣き暮らす夏の日をかごとがましき虫の声かな
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