うに別人であるように悲しみに疲れておいでになる御様子を思っては自身のことはさしおいて明石は涙ぐまれるのであった。

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かりがゐし苗代水の絶えしよりうつりし花の影をだに見ず
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 いつも変わらぬ明石の返歌の美しい字を御覧になっても、この人を無礼な闖入者《ちんにゅうしゃ》のように初めは思っていた女王が、近年になって互いに友情を持ち合うようになり、自尊心を傷つけない程度の交わりをしていたのであるが、明石はそれとも気がつかなかったであろうなどとも院は来し方のことを思っておいでになった。お寂しくてならぬ時にだけは明石夫人のその場合のような簡単な訪問を夫人たちの所へあそばされる院でおありになった。妻妾《さいしょう》と夜を共にあそばすようなことはどこでもないのである。
 夏の更衣《ころもがえ》に花散里《はなちるさと》夫人からお召し物が奉られた。

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夏ごろもたちかへてける今日ばかり古き思ひもすすみやはする
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 この歌が添えられてあった。お返事、

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羽衣のうすきにかはる今日よりは空蝉《
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