信を持ってこの夜を明かすのであって、渓《たに》を隔てて寝るという山鳥の夫婦のような気がした。ようやく明けがたになった。こうして冷淡に扱われた顔を皆に見せることが恥ずかしくて大将は出て行こうとする時に、
「ただ少しだけ戸をおあけください。お話ししたいことがあるのですから」
 としきりに望んだがなんらの反応も見えない。

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「うらみわび胸あきがたき冬の夜にまたさしまさる関の岩かど
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 言いようもない冷たいお心です」
 と言って、それから泣く泣く出て行った。
 大将は六条院へ来て休息をした。花散里《はなちるさと》夫人が、
「一条の宮様と御結婚なすったと太政大臣家あたりではお噂《うわさ》しているようですが、ほんとうのことはどんなことなのでしょう」
 とおおように尋ねた。御簾《みす》に几帳《きちょう》を添えて立ててあったが、横から優しい継母の顔も見えるのである。
「そんなふうに噂《うわさ》もされるでしょう。亡《な》くなられた御息所《みやすどころ》は、最初私が申し込んだころにはもってのほかのことのように言われたものですが、病気がいよいよ悪くなったころに、ほかに託される人のないのが心細かったのですか、自分の死後の宮様を御後見するようにというような遺言をされたものですから、初めから好きだった方でもあるのですから、こういうことにしたのですが、それをいろいろに付会した噂もするでしょう。そう騒ぐことでないことを人は問題にしたがりますね」
 と夕霧は笑って、
「ところが御本人はまだ尼になりたいとばかり考えておいでになるのですから、それもそうおさせして、いろいろに続き合った面倒な人たちから悪く言われることもなくしたほうがよいとは思われますが、私としては御息所の遺言を守らねばならぬ責任感があって、ともかくも形だけは私が良人《おっと》になって同棲《どうせい》することにしたのです。院がこちらへおいでになりました時にもお話のついでにそのとおりに申し上げておいてください。堅く通して来ながら、今になって人が批難をするような恋を始めるとはけしからんなどとお言いにならないかと遠慮をしていたのですが、実際恋愛だけは人の忠告にも自身の心にも従えないものなのですからね」
 とも忍びやかに言うのだった。
「私は人の作り事かと思って聞いていましたが、そんなことでもあるの
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