くださいませんことはお恨めしいことでございます」
と大将は言う。
「ごもっともでございます」
と女房らが言う。
日は落ちて行く刻で、空も身にしむ色に霧が包んでいて、山の蔭《かげ》はもう小暗《おぐら》い気のする庭にはしきりに蜩《ひぐらし》が鳴き、垣根《かきね》の撫子《なでしこ》が風に動く色も趣多く見えた。植え込みの灌木《かんぼく》や草の花が乱れほうだいになった中を行く水の音がかすかに涼しい。一方では凄《すご》いほどに山おろしが松の梢《こずえ》を鳴らしていたりなどして、不断経の僧の交替の時間が来て鐘を打つと、終わって立つ僧の唱える声と、新しい手代わりの僧の声とがいっしょになって、一時に高く経声の起こるのも尊い感じのすることであった。所が所だけにすべてのことが人に心細さを思わせるのであったから、恋する大将の物思わしさはつのるばかりであった。帰る気などには少しもなれない。律師が加持をする音がして、陀羅尼《だらに》経を錆《さ》びた声で読み出した。御息所の病苦が加わったふうであると言って、女房たちはおおかたそのほうへ行っていて、もとから療養の場所で全部をつれて来ておいでになるのでない女房が、
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