めにお案じ申し上げているのであった。御息所はまだこのことを少しも知らずにいた。
 物怪に煩っている病人は重態に見えるかと思うと、またたちまちに軽快らしくなることもあって、平常に近い気分になっていたこの日の昼ごろに、日中の加持が終わり、律師一人だけが病床に近くいて陀羅尼《だらに》経を読んでいた。病人の苦痛のやや去ったことを律師は喜んで、祈りの終わりに、
「大日如来が嘘《うそ》を仰せられたのでなければ、私が熱誠をこめて行なう修法に効果の見えぬわけはありません。悪霊は執拗《しつよう》であっても、それは業《ごう》にまとわれたつまらぬ亡者《もうじゃ》ではありませんか」
 と太い枯れ声で言っていた。俗離れのした強い性格の律師で、突然、
「あ、左大将はいつごろから宮様の所へ通って来ておいでになりますか」
 と問うた。
「そんなことはありません、亡《な》くなられた大納言の親友でしたから、あの方が遺言して宮様のことも頼んでお置きになったものですから、その約束をお守りになって、それ以来親切によく訪《たず》ねて来てくださることが、もう何年も続いています。そんなお交際《つきあい》の仲なのですが、この遠い所まで
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