》をお唱えになるのがほのぼのと尊く外へ洩《も》れた。院のお言葉のように、多くの虫が鳴きたてているのであったが、その時に新しく鳴き出した鈴虫の声がことにはなやかに聞かれた。
「秋鳴く虫には皆それぞれ別なよさがあっても、その中で松虫が最もすぐれているとお言いになって、中宮《ちゅうぐう》が遠くの野原へまで捜しにおやりになってお放ちになりましたが、それだけの効果はないようですよ。なぜと言えば、持って来ても長くは野にいた調子には鳴いていないのですからね。名は松虫だが命の短い虫なのでしょう。人が聞かない奥山とか、遠い野の松原とかいう所では思うぞんぶんに鳴いていて、人の庭ではよく鳴かない意地悪なところのある虫だとも言えますね。鈴虫はそんなことがなくて愛嬌《あいきょう》のある虫だからかわいく思われますよ」
 などと院はお言いになるのを聞いておいでになった宮が、

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大かたの秋をば憂《う》しと知りにしを振り捨てがたき鈴虫の声
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 と低い声でお言いになった。非常に艶《えん》で若々しくお品がよい。
「何ですって、あなたに恨ませるようなことはなかったはずだ」
 
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