この宮へ無数に御分配になった貴重品の今まで六条院にあったのを移してお蔵《しま》わせになった。これは永久に宮の御家を経済的に保証する価値ある財産というべきものである。そして六条院における宮の御生活とおおぜいの女房、男女の召使に要する費用は院の御負担とお決めになったのである。
秋になって院は尼宮のお住居《すまい》の西の渡殿《わたどの》の前の中の塀《へい》から東の庭を草原にお作らせになった。閼伽棚《あかだな》などをそのほうへお作らせになったのが優美に見える。宮の御出家のお供をして乳母《めのと》そのほかの老いた女たちは必然的に尼になったが、若盛りの人でも、他日動揺する恐れのない、信念の堅そうな人たちだけを御弟子にされることになり、われもわれもと希望する者の多いのを、院がお聞きになって、
「群衆心理で今はその気になっているでしょうが、それをお許しになってはいけませんよ。不純な者が少しでも混じっていては他の者の迷惑になりますよ」
と御忠告になり、全部の中から十幾人だけが尼姿で侍することになった。今度の草原に院は虫をお放ちになって、夕風が少し涼しくなるころに宮の所へおいでになり、虫の音《ね》を愛しておいでになるふうでしきりに宮を誘惑しようとしておいでになった。今さらそうした行ないはあるまじいことであると、宮はただ恐ろしがっておいでになった。人目には以前と変わらぬようにあそばしながら、あの秘密をお知りになってからは、汚れたものとして嫌悪《けんお》をお続けになった自分の肉体を悲しむ心が出家のおもな動機になり、尼になった時からはいっさいの愛欲を忘れることができて、静かな平和な心を楽しんでいる自分に、またこうしたことを求められるのは苦しいことであると宮はお思いになり、六条院でない所へ住み移りたくおなりになるのであったが、これをはきはきと言っておしまいになることもできぬ弱い御性質であった。
十五夜の月がまだ上がらない夕方に、宮が仏間の縁に近い所で念誦《ねんじゅ》をしておいでになると、外では若い尼たち二、三人が花をお供えする用意をしていて、閼伽《あか》の器具を扱う音と水の音とをたてていた。青春の夢とこれとはあまりに離れ過ぎたことと見えて哀れな時に、院がおいでになった。
「むやみに虫が鳴きますね」
こう言いながら座敷へおはいりになった院は御自身でも微音に阿弥陀《あみだ》の大誦《だいじゅ
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